コロナが流行し始める以前からこの2年間、「みんな何か特別な人になろうとしたり、成功したがるけどそれってどういう状態のことなんだろう?」とずーっと考え続けていました。
その答えのひとつが最近ちょっと分かってきた気がするので、ここに書き残しておこうと思います。
まず始めに、とても大切なことをお伝えします。
世の中の芸術・創造的なものを美しいと肌で感じる感性がなくったら、資本主義社会に毒され始めているサインだと思ってください。
「昔は大好きだった音楽や趣味に興味がなくなってしまった」
「昔は感動したストーリーや綺麗な作品に心が動かされなくなってまった」
「自然の美しさ、例えば木の擦れる音だったり森林の匂いだとか鳥の声に気づかなくなっている」
・海の波音、キラキラ光る海面・・・
・太陽が昇る瞬間、沈む時の色・・・
・冷たい水の気持ちよさ・・・
・頬を撫でる風の柔らかさ・・
・暗い中でも暖かい火の美しさと力強さ・・・
自然のものでなくとも人間の手で作られた創作物・・
音楽・・
絵画・・
インテリア・・
アクセサリー・・
今挙げたものたちはどれも自然界にあるものを模倣し、人間の持つ感性を使い、五感に訴えかけているものが人の芸術品です。
今あるものに満たされず、目を向けられない。次から次へと湧いてくる欲望を満たすだけの満足の仕方しか知らずにいるとその枯渇感は一生続き、いつしか終わりのない欲の地獄が続きます。
欲望を満たしても満たしても一瞬満足するけど、その豊かさは長く続きません。
物質的な豊かさはすぐに手に入れた瞬間になくなりますし、欲を満たし続けるには消費し続けなければならないのです。
欲が大きければ大きいほど消費するスピードも量も加速していきます。そして満たされているはずなのに、なぜか疲弊していくのです。
自分のためだけに生きることはできるしそれを我が人生とするのもいいけど、この長い人生を自分のためだけに生きるには長すぎるので、いつか限界にぶち当たります。
動機が自分を満たすためだけのものならば、限界はすぐにやってきますしその大抵がうまくいきません。自分の願っていたことと見当違いの結果が待っています。
だから人は新しく何かを自分以外の世のため人のために創り始めるのではないでしょうか?
消費することより10倍労力がかかるものだとしても、そこから生まれた豊かさはすり減らず、時には後世まで残していける豊かさだからです。
・車輪の発明
・電気の発明
・電話の発明
・インターネットの発明
文明の発展はどれも「人を豊かにするため」に発明され、これまでにも引き継がれているものたちでしょう。「自分一人のためだけ」に生まれたもので、未だに残り讃えられているものは、長くこの世に残っていないのではないでしょうか?
個人的には私にとってのこの1年も、忘れかけていた芸術に対する意欲と興味が沸々と復活してきた年でした。
悲しいかな、こんなことを偉そうに言っている私も、小学生くらいから中学受験戦争に晒され、親や社会が求めるがままに順調に資本主義社会に毒されてきた人間で、今でもそのフェーズから抜け出すためにもがいてる最中なのです。
(資本主義が悪いということではありません。捉え方や活用の仕方が良くなかったと思います)
これが意外と難しくてですね・・一度毒された人間というのは抜け出すために色々な策を講じる必要があって、出家をするとか、ひとりで慣れない土地に旅に出るとか、滝に打たれながら座禅を組むとか、何かしらの治療や非合法的な薬草の力を借りるとか、瞑想と悟りを極めるとか、やれることは何でもやるわけです笑
コロナを機に、一気に世界もそのことに気づき始めていますね。
皆さんにとっての「成功」とはどんな状態のことですか?