好きなカボチャ料理と言えば…
オーソドックスな、和風のカボチャの煮物。
でも、それには一言
お母さんの…
という言葉が付く。
お母さんのカボチャ煮・おかあさんのカレー・お母さんのお稲荷さん。
お母さんが作った「あの味」が食べたい ( ˃ ⌑ ˂ഃ ).
あれは、カナダにやって来て1年が経とうとしていた冬のこと。
一人暮らしを始めて、慣れぬ自炊を始めた。
ふと、母のカボチャ煮が懐かしくなり
ストアで見かけた
緑色のカボチャを手に取った。
どうも日本のカボチャとは、ちと形状がちがうようだけど
まぁ~これでいいか!と
夕暮れ時
1個のカボチャを手に、いそいそと家路に着く。
31歳で初めて、料理をするために”カボチャと対峙”。
さて!切ろう!!
料理の「り」の字も知らぬ頃
固いカボチャに、ただただ包丁の刃を立てた。
どうにもこうにも、切れない・刃が立たぬ。
しかも、電子レンジがまだ部屋にはなかった。
それでも、何とかして
このカボチャを切りたい、割りたいと奮闘(・∀・;)
最後は、トンカチまで出る始末。
しかし、そのカボチャは全く割れぬ。
どうしたものかと考えた挙句~
Toriaが起こした行動は
住んでる2階の窓から、カボチャを落とすコト。
これだけ固いカボチャである。ピキっ!とヒビが入るか
気持ちよいほどに、半分に割れるか
グシャリ~と潰れる事は、決してない!と大確信であった。
さぁ~!意を決して、カボチャを窓から投げた~~~。
カボチャは…
なんと!ゴム毬のようにトントンと弾みながら、アパートメントが建つ敷地内を出て
道路を渡っていく。
どんどん、視界から遠ざかっていく”カボチャの姿”。
まるで、私を嘲笑っているかのようだった。
その時のToriaの顔は
(๑°⌓°๑) ぽか~ん
もう、そのまま知らバックレようかと思ったが
いやいや…とりあえず回収に行かねば…と
外に出て、通りを渡った。
カボチャは歩道の真ん中に鎮座している。
それを、私は急いで拾い上げると
辺りを見回した。
カナダの地で、跳ねるカボチャを追う東洋人~。
こんな姿を見られては恥ずかしいと、小脇にカボチャを抱え
急いで家路に着いた。
切れぬカボチャ
跳ねるカボチャ
それを追う、私。
どう見ても、マヌケである・・・。
部屋に入ると、わたしは可笑しくて一人笑った。
まるで、ハロウィンのカボチャ
ジャック オ ランタンのように。
あの日から20年余りの年月が経った。
だが、あれ以来
わたしはカボチャを買った事がない( ̄▽ ̄;)
Steely Dan - Do It Again(1972)
結局、そのカボチャは割れぬまま…
食べ物を粗末にしちゃいけない!と思いながらも捨てた記憶が。
あれは、呪いのカボチャか
カボチャの形状の毬だったんじゃないかと
今でも思っている。
TORIA (o ̄∇ ̄)/