カウンセリングを生活の一部に、カウンセラーのayakoです。
みなさん、いかがお過ごしですか。
今日は「NOという勇気」のお話です。
先日、カウンセリングでクライアントの方が、何でもやりすぎてしまうというお話をされていたので、
今日はそこに沿ってお話ししていきたいなと思います。
その方というのは、人のためになることをするのが大好きな方で、
自分ができることがあったら、お手伝いをしたくなる、助けてあげたくなるというタイプの方です。
普段、ボランティア活動にも積極的に参加される方なんですけれども、
ただ、これって場を間違えてしまったら、
こちらとしては良い意味として、良かれと思ってしたことが周りにとったら、
そういうふうに受け取れないということがありますよね、という話になりました。
言い換えると、ちょっとそれがおせっかいとして取られてしまうという時はあるかもしれないですね。
例えば、誰かが何か取り組むのに時間がかかっている、
一緒に手伝ってあげようかと声をかけたとしても、
もしかしたらその方は一人で最後までやり遂げたい、
ゆっくりでも自分でやりたいという気持ちがあるかもしれないですよね。
あとは、例えば特にお仕事の場で、
自分の業務として与えられていないものに、
やりますと言ってすぐ手を出すのってどうなのかななんて思ったりします。
おそらく皆さんそれぞれお仕事をされている方というのは、
契約内容というのが決まっていると思うんですよね。
その枠を乗り越えて、枠を越えてまでやりますというふうに手を挙げてですね、
それをやって評価として認められ、
例えば報酬として反映をしてくれる会社であればいいんですけれども、
報酬として反映されない、ただただ自分がやった、やった、
周りは助かったで終わってしまったら、
そういう場では手を積極的に挙げるべきではないのではないかなと思います。
私もちょっと過去に失敗をして、
全部こうやります、やりますって言ってしまった時期があったんですけれども、
やっぱり自分の中には限られた時間だったり、体力、そういったものがあるので、
そこを見ながら、そしてこれは本当に自分がやるべきものなのか、
というところを判断していくのは必要だと思います。
なかなか私たち、特に日本人っていうのは、
断るのを嫌ですとか、やりませんっていう否定系ですよね。
こういった意思を発するのが苦手な人種なんじゃないかなと思います。
何でも何でも受けるではなくて、やっぱりその時の状況だったり、
あとはお仕事であれば契約内容とですね、
一旦照らし合わせて、それは自分の役であるのか、
自分がやるべきものなのかっていうところは考えていく、
しっかりと判断していく必要があるんじゃないかなと思います。
やっぱり人のためになることをやっていくと、
嬉しくてどんどんやりたいっていうところはあるかもしれないですけれども、
一番陥ってほしくないところっていうのは、
やっぱり全部引き受けすぎてしまって、
自分がもう一杯一杯になってしまった。
よく私は余白を少し自分の中で持ちましょう、
なんていうふうにお話ししていますが、
その余白が一切なくて、
いつもコップにお水をギリギリまで入れている状態、
そして何かがあった時にブワーって破裂してしまう、
あふれ出てしまう、こういった状況は避けたいですよね。
なのでぜひご自身と対話をしながら、
これは自分がやるべきものなのか、
やるべきもの、またはやりたいことか、
もしどうしてもやりたいであれば、
その時の自分の余白っていうのはどのぐらいあるのかっていうところを
確認して必要であれば、
その時は手を挙げないということは必要なのかなと思います。
今日は「NOという勇気」のお話でした。
では、またお会いしましょう。
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