最近フランスのSNSをにぎわせたトピックのひとつに、どこかのつまらない夫婦喧嘩の話がありました。
奥さんがご主人の顔を押したらしいんですよね。
映像を見た方もいらっしゃるかと思いますが、フランス人の夫婦がベトナムの空港に到着し、飛行機の扉が開いた瞬間、それが見えてしまった、と。
もしそれがマクロン大統領夫妻でなかったら、誰も話題にしないところでした。
今回の東南アジア訪問の目的は、アメリカ・中国に代わる貿易相手を開拓すること。フランスの新聞ルモンドによれば、航空機の輸出で大きな契約を結んだほか、インフラ整備などの約束を取り付けたとのこと。
その大新聞ルモンドも、大統領夫妻の小さなエピソードについて書かないわけにいかなかったようです。
伝統的に、フランスのメディアは政治家の私生活について書き立てることはありませんでした。
アメリカのメディアとは対照的だったかもしれません。
しかし、どうやらその差は縮まりつつあるようです。
これまではどんな違いがあったのか、また、それがどう変化しているのかまとめてみました。
アメリカのメディアとフランスのメディア - SNSの普及以前
1981年から1995年までフランスの大統領だった社会党のフランソワ・ミッテラン。奥さんとは第二次大戦中にレジスタンス活動を通して知り合ったそうです。ふたりは半世紀以上にわたって一緒だったのですね。
そのミッテラン大統領には、大統領になる以前から愛人がいました。子どもまでいました。
しかし、フランスのメディアがそのことについて書き立てることはありませんでした。
大統領を批判する立場である野党も、そのことについては追及しませんでした。
町の人々も、「だからどうだっていうの?」という反応。
フランスでは批判精神はとても大切にされます。
長く大統領を務め、人気があったミッテランも、やはり批判にさらされました。
ただ、政治家を批判するなら政策やその実現、汚職などで批判するべきであって、「私生活のことは当事者どうしでやってよね」という風潮があったかと思います。
これは、クリントン大統領の不倫が連日議会を騒がせていたアメリカとはだいぶ違います。
ただ、そのアメリカにしても、ケネディー大統領と複数の女性との関係について取り沙汰されることはありませんでした。
それを考えると、国によっても違いがあるし、時代によっても変わるということですね。
犯罪となると話は別
フランスでも、レイプなどの犯罪となると話はまったく別です。
2007年から2011年までIMF(国際通貨基金)の専務理事を務めたドミニク・ストロス=カーン。大統領選の有力候補だった時、複数のレイプ疑惑が持ち上がります。いずれも調査ののち検察が訴えを取り下げたり、無罪判決が出たにもかかわらず、政治生命には終止符が打たれました。
判決も出ていないのに、疑惑だけで世間が裁いていいのか?
という疑問もたしかにありました。しかし、彼の場合は疑惑がきっかけで、性的にあまりにもだらしがないということがばれてしまい、イメージの低下は避けられませんでした。
SNSで何が変わったのか
SNSというオンライン井戸端会議の普及により、誰もが意見を公表し、注目を集めることが可能になりました。すると、フランスでも「政治は政治、プライベートはプライベート」という風潮に変化が出たようです。
簡単に盛り上がるなら、何でも歓迎されるようになったということでしょうか。この流れでフェイクニュースもバズるのかもしれませんね。
フランスでは、今回の「事件」の前から、マクロン夫人は実は男だというウワサや、大統領が男性警備員にキスしているとされるフェイクビデオが流れていました。
SNSやオンラインメディアでは、ロシアなど外国からの介入も容易です。
その狙いは、必ずしもロシアの支持者を増やすことではなく、まずはフランスを分断させることだという解説も見受けられます。
マクロン大統領本人の弁明
マクロン大統領は、奥さんに顔を押されたビデオに関してフェイクではないと認めています。その上で「私たちはふざけていただけ」と釈明し、仲良く手を繋いでアジアの街を歩いて見せました。
記者たちからの質問には次のように答えました。
「こうしたビデオにさまざまな注釈をつけて毎日を過ごすような、おかしな人たちがずいぶんといるようです。皆さん、ちょっと落ち着きましょう」
いろいろな考え方がありそうですが、皆さんはどう思いますか?
政治家の異性関係や同性関係、夫婦の問題について知ることは、大切なことでしょうか?それとも、全く意味がないと思いますか?
(写真はノートルダム聖堂のガーゴイル)
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