「古文の単語も文法も覚えたはずなのに、いざ長文を読むと情景が全く浮かんでこない」 「和歌が出てきた瞬間に、思考がフリーズしてしまう」
多くの受験生が抱えるこの悩み。その原因は、古文特有の「表現技法」への理解不足にあるかもしれません。古文の世界、特に平安貴族たちの文章や和歌において、言葉は単なる伝達手段ではなく、複雑な比喩や遊び心が散りばめられた「芸術」でした。
表現技法を知らずに古文を読むのは、伏線やトリックを知らずにミステリー小説を読んでいるようなものです。逆に、技法を「知識」として持っていれば、省略された言葉や筆者の秘めた感情が鮮やかに浮かび上がってきます。
この記事では、大学入試で絶対に外せない主要な表現技法を、実際の入試頻出作品の例を引きながら徹底的に解説します。
1. 和歌読解の心臓部:掛詞(かけことば)
掛詞とは、一つの言葉に二つ以上の意味を持たせる、現代で言う「ダジャレ」のような技法ですが、その洗練度は桁違いです。和歌の短い31文字の中に、重層的な意味を込めるために必須のテクニックです。
実例:『古今和歌集』より
「花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」(小野小町)
この有名な歌には、二つの重要な掛詞が隠されています。
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「ふる」: 「経る(時間が過ぎる)」と「降る(雨が降る)」
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「ながめ」: 「長雨(長く降り続く雨)」と「眺め(物思いにふけること)」
【読解のツボ】 この歌では、桜の花が雨で色褪せていく様子と、自分自身が恋や物思いにふけっている間に若さを失ってしまった嘆きを重ね合わせています。掛詞を見抜くことで、「自然の風景」と「人間の内面」という二重構造を理解できるようになります。
2. イメージを数珠つなぎにする:縁語(えんご)
縁語とは、一つの歌の中で、意味の上で関連のある言葉を意識的に散りばめる技法です。これを知っていると、和歌全体の「テーマ」が瞬時に判別できます。
実例:『伊勢物語』より
「唐衣(からころも) きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思う」
この歌は、地名「か・き・つ・ば・た」を各句の頭に置く「折句(おりく)」でも有名ですが、見事なのは縁語の配置です。
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「衣(ころも)」という中心語に対して、
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「着(き)」「慣れ(なれ)」「褄(つま)」「張る(はる)」「来(き・着)」がすべて衣類に関連する縁語になっています。
【読解のツボ】 縁語は、歌に統一感とリズムを与えます。入試では「傍線部の『はるばる』に込められたニュアンスを説明せよ」といった問いに対し、衣類の「張る」と距離の「遥々」の両面からアプローチできるかどうかが試されます。
3. 視覚的に情報を整理する:対句(ついく)
対句は、対応する語句を並べてリズムを整える技法です。和歌だけでなく、説話や随筆の地の文でも多用されます。
実例:『方丈記』より
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。」
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「ゆく河の流れ」⇔「よどみに浮かぶうたかた」
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「絶えずして」⇔「かつ消えかつ結びて」
【読解のツボ】 対句を見つけると、筆者が何を対比させようとしているのかが明確になります。ここでは「マクロな視点(河)」と「ミクロな視点(泡)」を対比させ、この世の無常(万物は流転する)を強調しています。
4. 序章としての装飾:序詞(じょことば)
序詞は、ある特定の言葉を導き出すために置かれる前置きのフレーズです。枕詞と似ていますが、枕詞が5音限定なのに対し、序詞は7音以上と長く、作者が独自に創作できる点が特徴です。
実例:『万葉集』より
「あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む」
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「あしひきの……しだり尾の」までの長い部分が、すべて「なが(長)」を導くための序詞です。
【読解のツボ】 序詞の後半部分は「意味がない」と切り捨てられがちですが、実は序詞が持つ「イメージ」が歌の情緒を決定します。この歌なら、山鳥の長く垂れ下がった尾のイメージが、独り寝の夜の「耐え難い長さ」を視覚的に強調しています。
5. 本歌取り(ほんかどり):古典の「サンプリング」
有名な古歌の一部を取り入れ、新しい歌を作る技法です。現代の音楽で言う「サンプリング」に近い感覚です。
実例:藤原定家の和歌
「見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋(とまや)の 秋の夕暮れ」
これは『源氏物語』などの先行作品の情景や、古い和歌を意識して作られています。
【読解のツボ】 本歌取りが使われている場合、必ず「元の歌」との違いに作者のメッセージが込められています。「花や紅葉(華やかな美)」という定番を否定し、「何もない秋の夕暮れ(わび・さびの極致)」を提示することで、美意識の転換を表現しています。
6. 保護者の方へ:表現技法は「感性」ではなく「ロジック」です
お子様が古文を「古臭い、つまらない」と感じてしまうのは、言葉の裏側にある「仕掛け」に気づけていないからかもしれません。
保護者の方に知っていただきたいのは、古文の表現技法を学ぶことは、パズルや暗号解読のルールを学ぶことに近いということです。 「掛詞を見つけるのは宝探しのようなものだね」 「昔の人も、現代のダジャレやSNSのハッシュタグみたいな遊びをしていたんだよ」 そんなふうに声をかけてあげてください。技法を単なる暗記対象ではなく、当時の人々の「洗練された遊び心」として捉えられるようになると、古文の勉強は一気に楽しくなります。
7. まとめ:表現技法を知れば、古文は「カラー」に見える
単語と文法だけで読む古文がモノクロの世界だとしたら、表現技法を理解した後の古文は鮮やかなカラーの世界です。
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掛詞を見つけて、言葉の「二重の意味」を味わう。
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縁語を辿って、和歌の「隠れたテーマ」を見抜く。
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序詞や本歌取りから、作者の「豊かな教養と情緒」を感じ取る。
これらの技法は、入試の設問を解くためのヒントになるだけでなく、千年以上前の人々と心を通わせるための橋渡しになります。
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