それは脳の拒否反応ですね。
その状態でいくら取り組んでも,うまくいかないことは目に見えています。
再々チャレンジするとなおさら,嫌なイメージしか残りません。
では,どうすれば良いでしょうか。
原則1:勉強に「大は小を兼ねる」はない
モノ選びの場合は「大は小を兼ねる」かもしれません。
しかし,こと勉強に関しては,「大(難しい)は小(易しい)を兼ねる」とは言えません。
難しいことに何回もチャレンジしたからと言って,基本が身に付くわけではないのです。
「あたって砕ける労力」のコスパは決して良くありません。
高い山にいきなり登ろうとしても,基礎という「小さな足場」がなければ滑落してしまうのと同じです。
むしろ,「簡単すぎる」と思えるところに戻って解いてみます。そうすれば,自信を取り戻せます。
そのうち,「これは,簡単すぎ!もうちょっと難しいものにチャレンジしたい」と思うようになります。
「じゃあ,次はハイレベル問題に挑戦だ!」と。
このように進んで行くと,仮にハイレベル問題に“敗北”したとしても,自信を失うことはありません。
「自分ができないのではなく,この問題が難しすぎなんだ」と言い訳ができる余地があるからです。
何が基本問題で,何が応用問題で,何がハイレベル問題なのかが把握できないと,基礎問題ですから難しく感じてしまいます。
自分の中で難易度がしっかりと設定されていると,それに対処することもでき,いつの間にかハイレベル問題にも挑戦できる体制が整うことになります。
それでいったんは,自分が分かるところまで戻ってみましょう。
原則2:「木を見て森を見ず」ならぬ「森を見てから木を見る」
「昔は地図を見てどこへでも行けたのに,今はナビがないとどこへも行けなくなった」。
そう感じることはないでしょうか。
なぜでしょうか。
地図を見ていたころは,全体像をまずは把握したうえで詳細を見ていました。
しかし,ナビだと,最初から詳細しか見ていません。
そのため,全体像を把握する機会がないままになり,ただ単に言われた通りに行っているだけなのです。
同様に,その単元が難しいと感じるのは,枝葉末節に注目しすぎているからかもしれません。
もちろん,木が集まって森ができてはいますが,最初から木に注目していたのでは全体像が分かりません。
逆に木の多さに圧倒されてしまいます。
まずは,森を見て全体像を知る,つまり,鳥のように鳥瞰し概要を把握してから,ブロックごとの一まとまりを理解していきます。
そうすればいつの間にか一まとまりの中の詳細にも目が向くようになります。
じゃあどうしたら良いか。
実は,最強ツールがあります。
目次です。
目次なんて読んだことのない生徒がほとんどだと思います。
しかし,目次はまさに,鳥瞰図です。
各章がどんな分野なのかが一目で分かります。
つながりも分かります。
その順番になっているのには意味があります。ブロックの単なる羅列ではありません。
新しい章に入るときには特に目次を見て,「森」の中の次の一まとまりの位置関係を知るようにしましょう。
また,それぞれの章の冒頭や,節の冒頭にも,橋渡しの言葉や導入の説明があります。
いわば方向性を示す言葉です。
それなのにそこを読まないで,いきなり本文を読む生徒さんがほとんどです。
しかし,ここも必ず読みます。
というか,そこを読まないとそれぞれの関連性が分かりません。
そのほんの一二文を見るだけで,本文は簡単に理解できるようになります。
「大局的に見る」と関連しているのは,英語の長文問題です。
大抵は,最初に場面設定や要旨が書いてあります。
登場人物の説明も書いてあります。
しかも,日本語でです。
そこを読まずに,いきなり英文を読みだしても,やみくもに海に出るようなものです。
そこもしっかり読みましょう。
「大は小を兼ねない」,「森を見てから木を見る」を意識すれば,難しいと思っていたものも楽しめるようになり,いつの間にか好きな単元になっていることでしょう。
難しいと思える単元も分解して全体像をとらえれば,自分の言葉で翻訳(説明)できる対象に変わります。
別コラム「勉強と自由時間,メリハリのつけ方—社会人編」はこちら
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