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自分軸で生きるためのチャクラ講座#01:外側に振り回されない「自分らしく生きる」メソッド

Yuki.Kyoto

こんにちは。
「人間形成の場」エンパワLaboの有岐です。
 

皆さんは 「正直者は損をする」、この言葉どう思いますか?
 

倫理観の違う人が増えて、日本の秩序が守られなくなってきた…
最近そんな風に感じていないでしょうか?

 

ゴミを見れば、そこに住む人間が分かると言いますよね。
「今だけ、金だけ、自分だけ」、
そんな私利私欲にまみれた「ズルい人が勝ちやすい社会」

  • 嘘OK

  • 操作OK

  • 責任転嫁OK

  • ルールの穴を突く

  • バレなければ何でもOK

「正直者は損をする」 今まさにその最中で生きている私たちは、 一体どうしたらいいのでしょうか。

 

                     


「獲得量」だけで勝敗が決まるゲームの限界

 

現代社会の多くの制度は、「渇愛のルール」で成り立っています。
 ”渇愛(かつあい)”とは、
もっと欲しい、失いたくない、人より上にいたい という 「不足感を埋めようとする人間の心」です。
言い換えると、 人間の「欠乏感」の心理を前提にうまく設計されている社会なのです。

例えば:

  • 成果主義(より多く取った人が勝ち)

  • 競争社会(他者より上に立つ)

  • 株主利益最大化

  • タイパ・コスパ思考

  • フォロワー数・評価・ランキング…

「より多く獲得した者=価値がある」

全部ロジックが同じですよね。


安心や徳ではなく、 「量」と「比較」で価値を決めている世界です。

その世界で行われるゲームの目的は、
倫理的な「正しくあること」ではなく、 「より多く取ること」です。
すると、
 誠実かどうか、思いやりがあるかどうかなんて関係なく、
ましてや、真実かどうかなんて、二の次になります。


「勝ったか」「儲かったか」「上に行ったか」
これだけになります。 —その世界の評価に「倫理」は存在しないのです。

そもそも倫理観を守る国民は、 「これは正しいか?」を常に考えています。
 行動に「制限」というブレーキがかかります。

しかし、
 「勝てばいい」と考えると、そこには制限はありません。


どちらが早く、強く動けるでしょうか? —明らかに後者です。
 だから、「渇愛ベースのルール」、つまり “獲得量だけで勝敗が決まるゲーム” では、
ズルい人が理論的に有利になってしまうのです。


ここからは私の意見です。
でもそれでは、人は猿山の猿と同じやと思います。 

人間の脳は、そんな「浅はか」なこざかしい生き方の進化のために発達してきたのでしょうか。


そんなすぐ剥がれる”メッキのような嘘”を取り繕い、 バレないかを恐れ、緊張して、慢性的に策略を上塗りする。

 

嘘や不義は、常に「自己分裂」を生みます。
 そして、心の平安を失い、一瞬の快楽の奴隷になっていきます。
お金、女性、薬、お酒、ギャンブル…

ゲームを支配しているつもりが、
ゲームに操作されているのに気づかないのです。

得した、有利に立てたのは一瞬だけ。 分かっているんです、いつも薄氷の上に立っていること。

 

 

                      

 

 

長期的に崩壊していく「利己的」な集団

 

いつも信頼を失い、人が離れ 常に不安で、内なる心は荒れている。 

長期的に見ると、

このゲームの世界は、速く強いように見えて、 ゆっくりと内側から崩壊していくのです。

 

私たちが今目にしている「恐れと利害だけで動く集団」は、 実は「最も壊れやすい集団」でもあります。


なぜなら、そこには「損をしてでも支えたい」という利他的な「義」が存在しないからです。

 


そんな集団が作る世界システムでは、 「損をしたくない」個々人が、真っ先に自分の利益だけを持って逃げ出し、 「監視システム」が”攻撃”に変わり、責任を他人に押し付けけあう。

 

結果、

 会社や国は、そこに生きる人々の利益を「喪失」する負の連鎖が起こるのです。

 

ひとたびシステムが利を生み出せなくなった瞬間(経済危機や災害など)、 全員が即座に互いを見捨て、蜘蛛の子を散らすように瓦解(がかい)するからです。

 

長く続く国や組織、人物は、 例外なく「義・勇・仁」の三位一体を持っています。
これらは、私たち日本人が持つ「丹」のエネルギーと、実は関係しているのです。

 

本日は、

人間の身体に存在する”エネルギー発生装置”のお話です。 

 

それは、単に「役割りや効能」だけの薄っぺらい話ではないのです。

エネルギーは、日々の生き方の中でこそ、 大きく着実に変容していきます。 

 

呼吸や瞑想、身体の修練や学びは、あくまでもそのベースなのです。

日々をどう生きるか、 

その「実践」こそがエネルギーを作り出す最も大切な鍵なのです。


今日は、深い側面からのチャクラお話。

 最後までゆっくり読んで頂けると嬉しいです。

 

 


 
チャクラとは何か?

 

「チャクラ(Chakra)」は、古代インドの精神文化から生まれた概念です。
それは、サンスクリット語で、
「車輪・円・回転するもの・中心から広がる力」を意味します。
 

電気のコイルも台風や竜巻、そして宇宙も…
 エネルギーは全て、回転と膨張の力学で強く大きくなりますよね。

私たちの身体も同じ。
身体の中心線の上に、そのエネルギーのスポットがあるのです。



チャクラという言葉を聞くと、 「スピリチュアル」 「特別な能力」 「限られた人の世界」 そんな印象を持つ方もいるかもしれません。


でも 昔から、 「腹が据わる。胸が詰まる。」
そんな風に、私たちが日常使う日本語の表現の中に、身体と心を表す言葉が自然に入っています。

 実は、人間の身体のエネルギーが発生する要所を
インドのヨーガ、東洋医学、内丹術、武術が、
 発祥や「理論」こそ違えど、それぞれの文化が異なる言葉で説明しているだけなのです。
怪しいものでもなく、逆に医学的に現代では立証されている概念だと言えるでょう。

 

                 ・・・


日本の知恵「丹田」が教える生命の力

日本には、昔から「丹田」という言葉があります。 


「丹」とは、古来、水銀と硫黄を結合してできた、鮮やかな赤色の天然鉱物を「辰砂(ちんしゃ)」と呼び、それを精製して作った薬を「丹」と呼びました。

 

現代では、「水銀=毒」という認識ですよね。

 しかし、古来の東洋においては、「色褪せない赤色」に永遠の生命力を感じ、 そしてその防腐作用により、不老不死の薬だと信じられていたんです。


実際に「丹薬」として、司馬遷による歴史書『史記』にも、
始皇帝が不老不死の薬を求め、水銀を含む丹薬を常用していたことが書かれています。

 

日本の古い神社や高松塚古墳などの壁画に使われている赤色は、

この「辰砂(ちんしゃ)」丹が原料です。 


千年以上たっても色あせていない力。 


だからこそ、古代人は人間の持つ、人智では計り知れないエネルギースポットを「丹田」と呼んだのです。

 

              ・・・

 チャクラと丹田の関係

丹田には、「上丹田・中丹田・下丹田」があります。

そして実は、チャクラの位置と丹田は同じ場所に位置するのです。

  • 下の丹田(肚):2番チャクラ

  • 中丹田(みぞおち・水月):3番チャクラ

  • 上丹田(額・松果体):6番チャクラ

 

「人生」という道を、私たちは、身体という車に乗って走っています。

そのハンドルをしっかり握って進むためには、

車体であるお腹(下丹田/2番チャクラ)に、たっぷりのガソリン=生命力が必要です。
そして、

ハンドル(中丹田/3番チャクラ)
は、
「私はこう生きる」という意志を制御し、ハンドリングする場所。

 

その満タンのガソリンと完璧なハンドル操作があっても、行先がわからないければ迷子になります。


上丹田(6番チャクラ)は、
直観とひらめきを受け取り、自分の人生の「目的地」をパッと照らしてくれるカーナビのような存在なのです。

 

6番チャクラは、

自分軸を支え、外側で起きることを正しく見るための「曇りのないフロントガラス」

ここが曇っていると(思い込みや雑念が多いと)、外の世界が歪んで見えてしまいます。
フロントガラスをピカピカに磨かれた状態にするには、
まず、首から下をどっしりと整えること。
 

そこで初めて、目の前の出来事を「鏡」として正しく映し出し、真実をありのままに捉えることができるようになります。

すると、

 あなたを乗せた車は、 外側の嵐に振り回されることなく、最高のドライブを始めるのです。

 

 今日は、ここまで。
次回は、続編―自分軸で生きるためのチャクラ講座#01:外側に振り回されない「自分らしく生きる」メソッド・「東洋医学とチャクラの概念」

 
お楽しみに。

本日も最後まで読んで頂き、 本当に有難うございました。

氣功師の有岐でした。

专栏文章仅为讲师个人观点,不代表 Cafetalk 立场。

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