日本語・韓国語講師の Hayoung_Eiko です ^ ^
あるレッスンのあと。
画面越しに、少しだけ間が空いてから、
「今日、全然うまく話せなかったです…」と、
小さく笑いながら話してくださった方がいました。
そのあと、少しだけ沈黙。
私が言葉を探すより先に、
「でも、楽しかったです」と、もう一言。
そのとき
うまく話せなかった、というより、
言葉を探しながら、それでも止まらなかった時間があった。
それこそが、
あの時間にとって、大切なものだったのかもしれません。
レッスンが終わると、
「復習しなきゃ」と思うこと、ありますよね。
新しい単語を覚える。
文法をもう一度見直す。
もちろん、それも大切です。
どれだけ話せたかよりも、
その時間の中で、
どんなふうに向き合っていたのか。
あとから静かに残ってくるのは、そっちの方で。
それが、そのまま、
自分なりの復習になっていくのかもしれません。
たとえば、
うまく言えなかった一言を、あとから言い直してみる。
レッスンの中の、小さなやり取りを思い出す。
きれいに言えた言葉より、
少し詰まりながら出てきた言葉の方が、残っていたりして。
それはたぶん、
「覚えたかどうか」よりも、
そのとき、どう関わろうとしていたのかが、
そこに残っているから。
もしかすると、
あなたにも、そんな瞬間があるかもしれません。
思うように話せなかった日。
うまく伝えられなかった気がした日。
それでも、
もう一言だけ重ねた瞬間や、
画面の向こうで、小さく笑っていた時間は、
ちゃんと残っている。
前に進むということは、
何かがきれいにできた日だけじゃなくて、
こういう時間の中にも、含まれているのだと思います。
レッスンのあとに残っているものは、
本当に“覚えたこと”だけなのでしょうか。
気づかないまま残っているものも、
たとえば、あのときの一言や、やり取りの余韻のように、
きっと、あるのだと思います。
Comments (0)