日本語・韓国語講師の Hayoung_Eiko です ^ ^
勉強を効率よく進めようと思って、
音楽を流していたときのこと。
気分を上げたい日には、
自然と부석순(BSS, SEVENTEEN)の
「파이팅 해야지 (Feat. 이영지)」を選んでいました。
リズムに背中を押されるように、
手が止まらずに動いていく感覚があります。
もう少し頑張りたいとき。
あと一歩だけ進みたいとき。
そんなときには、
たしかに“集中できている”と感じていました。
でも、別の日。
何気なく流れていたのが、
멜로망스の「우리의 이야기」でした。
その日は、少しだけ様子が違っていました。
手は動いているはずなのに、
ふとした瞬間に、止まっている。
歌詞の一言が気になって、
その意味を考え始めていました。
集中するために流していたはずなのに、
気づけば、別のところに意識が向いていました。
歌の世界に没頭する、という意味では、
音楽は“集中”を高めているのかもしれません。
ただそれは、
目の前の作業に向かう集中ではなく、
言葉や感情に引き込まれていく集中。
気づけば、フレーズを追いかけていて。
気づけば、その意味を考えている。
その中で歌詞を理解しようとすることは、
語学的にも、とても効果的な学び方のひとつだと感じています。
同じ「音楽を流す」という行為でも、
向いている方向は、少しずつ違っているようでした。
前に進むための集中と、
立ち止まって感じるための集中。
どちらが正しい、というわけではなくて、
ただ、少しだけ役割が違うのかもしれません。
ちなみに、春になると、
なぜか決まって思い出してしまう曲があります。
마틴스미스の「봄 그리고 너」。
実は、私にとって、この曲は、
勉強の時にも、コーヒーブレイクにもピッタリの曲♪
風や光のやわらかさまで、
そのまま戻ってくるような気がします。
歌は、ある時の、ある場所に、
そっと意識を連れていくものなのかもしれません。
あのとき、止まっていたのは、
手だけではなかったのか、なんて思い返したりもします。
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