日本語・韓国語講師の Hayoung_Eiko です ^ ^
「예전보다 훨씬 편하게 이야기하시네요」
――前よりずっと、
気楽に話してくださるようになりましたね。
以前、そんなふうに言われたことがありました。
何気ない一言だったと思うんです。
でも、
なぜかその言葉だけは、ずっと心に残っていて。
昔の私は、
“話が上手な人”が、人に好かれるんだと思っていました。
面白い話ができる人
会話を盛り上げられる人
気まずい空気を作らない人
きっと、そういう人が、
「コミュ力が高い人」なんだろうな、と。
でも実際に、
「この人といると安心するな」
と感じた相手って、
たくさん喋る人というより、
自分の小さな変化に、気づいてくれる人だったんです。
前の自分も、今の自分も
ちゃんと見てもらえていたこと。
その変化に気づいてもらえていたこと。
たぶん私は、
“うまく話せていたこと”より、
そっちのほうが、ずっと嬉しかったんだと思います。
最初の頃の私は、
ちゃんと話さなきゃ
失礼にならないようにしなきゃ
変な空気にしないようにしなきゃ
そんなふうに、少し力が入っていました。
でも、
本当に安心できる相手って、
完璧な会話を、求めていないんですよね。
少し言葉に詰まった時
うまく言えなくて、思わず笑ってしまった時
そんな瞬間まで、ちゃんと受け取ってくれる人。
だから気づけば、
“会話”より、
“その人の前にいる時間”そのものが、
安心になっていました。
韓国語の
편하다
という言葉には、
ただ「ラク」というより、
“安心して、そのままでいられる”
みたいな温度がありますよね。
だから私は、
“편하게 이야기하다”
という表現が、なんだか好きなんです。
頑張って盛り上げなくてもいい。
無理に気を遣いすぎなくてもいい。
気づけば、自然に話している。
そんな関係の空気が、
そのまま入っている気がして。
あと、
本当に心に残る人って、
こちらが忘れていたような言葉を、
覚えていてくれたりするんですよね。
「あの時、こう言ってましたよね」
たったそれだけなのに、
「あ、自分の言葉、ちゃんと届いていたんだ」
と思えたりする。
たぶん人って、
“理解されたい”というより、
“雑に扱われたくない”のかもしれません。
だから、
言葉や時間を軽く流さずに受け取ってくれる人に、
少しずつ、心を開いていく。
最近は、そんな気がしています。
みなさんは、
「この人といると安心するな」
と感じる時、どんな瞬間を思い出しますか?
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