合わせ練習。
何回するものでしょう?
より良いものを求めていると、時間をかけたところで、終わりはありません。
結局は、その場でより良いものにできるか。
本番でなにが起こっても、自分で好きな演奏だった、と言えるかどうか、です。
納得のいく本番なんてそうそうあるものではないです。
その上で、演奏や指導を生業にしていると、半年、一年かけてそのプログラムを定期的に合わせるなんて不可能です。
一般的なオーケストラの練習を基準に見てみると、まぁ多くて3回、普通は2回くらいじゃないでしょうか。
今回は、3回です。
1回目は長めに、一通りの方向性や懸念点、それぞれのパートの都合などを話し合います。
2回目は、1回目の考慮事項を消化した上でどうか。
3回目は確認。信頼関係のはなしじゃないか、と思います。
1回目の合わせに行ってきました。
ピアニストのホームが関西なので、関西まで。
僕の大学の時の先生も、名古屋のピアニストとするときは横浜から名古屋までいくのよーと仰っていました。
普段、尾道まで帰省する時はなかなか立ち寄れない親族や恩師のところにも立ち寄れるといいな、ということで、以下の旅程。
新宿〜京都:夜行バス
京都:伯父の墓参り、従兄弟伯母に会う
京都〜姫路:電車
姫路:中学高校の音楽の先生に近況報告
姫路〜神戸:電車
神戸:一泊。夜と朝だけ散歩。半日合わせ練習。
神戸〜難波:電車
難波〜新宿:夜行バス
下りのトイレ休憩 海老名
下りのトイレ休憩 大津
早朝の京都
昼下がりの姫路
神戸 夜の散歩
神戸 早朝の散歩
神戸 生田神社
スタジオまで徒歩
休憩
彷徨った難波
よく寝られるシート
2日間によく押し込んだな、と思います笑
他人には絶対勧めません。。
合わせ練習の取り組み方は曲次第の部分と、企画の都合で仕方ない部分の折り合いがあります。
例えば、誰でもいつでも弾く曲ならば、こんなもんよね〜とインスタントな感じで終わります。
しかし...僕はそういう曲をやらないんですよ...
みんなとおんなじことをするために音楽やってるの?という自問がいつもあります。
そういう意味だと、前回のリサイタルは、これはやらねば死ねん、という曲がたまたまいわゆる大曲でした。ベースとしては、自分がいいと思う曲をやりたい考えです。
そんな曲誰も知らないよ?というご意見はあります。
でも、考えてください。
どんな名曲といわれているものも、最初は誰も知りませんでしたよ?
いつも行きつけの店に行きたいですか?
かかりつけ医が安心ですか?
みんな初めて行ってよかったから、そのあとも行ってますよね。
本来、知らないものの方がワクワクするはずなんです。
子どもたちを見ていると初めはみんなそうなんですよ。
テレビで聴いたあの曲を生で聴けた!みたいなのも大事かもしれませんが...そればかりやると、君が音楽家としてやりたいことはなんなの?という疑問が湧いてきます。
商業として、その一点の満足に頼りすぎるのはどうなのかな、と思っています。
で、話を戻すと、インスタントにできない曲っていうのは色々大変なんです。
それは、このスタイルがスタンダード、というトラディション(どう演奏されて受け継がれてきたか)がわからなかったりするからです。
特に、祖父の曲の全部が録音で残ってるわけではないので。
一方で、楽譜にかかれている情報に対して純粋に取り組めるということでもあります。
ちゃんと読まないとダメ。
この音符は誤植なのか?というところに限ってしっかり黒丸してあったり...
なんでここで拍子を変えてるのか...どうやって切り替えるか...
器楽としてメロディで読んでいくのか、歌詞の単語や接続詞のアクセントやイントネーションまで楽器で再現するのか...
詩の中にある視点や場面、台詞などの区別をどう再現するか...
五線紙の中にある情報を、自分のイメージとして組み立てていく時に、いろんなことがあるわけです。
なので、今回は、ここで入る、ここで待つ、といった単純な結果論、方法論の前に、アプローチについてのすり合わせが大事でした。
まずまず、次の合わせまでに考え直したり組み直したりする要素は洗い出せたかなと思います。
5分前にスタジオでピアニストを待っていて、電車遅れたのかなぁーと思っていたら、「早めについちゃってー」と別の部屋で指ならししてからいらっしゃったと知り、誠実なお仕事に感激でした(T . T)
응답 (0)