最近、「良い英語レッスンって何だろう」と改めて考えることがあります。
英語レッスンって、
「今日は頑張った」「すごく頭を使った」「疲れた」
そんな日の方が、なんとなく“良いレッスンを受けた気”になることがあります。
実際、日本では特に、
「大変そう」「頑張っている」
こと自体が、価値の証明みたいに感じられる場面も少なくない気がします。
宿題が多い。
内容がぎっしり。
あれもやって、これもやって。
すると、なんだか
「対価に見合ってる」
気がする。
もちろん、集中して取り組む時間そのものを否定したいわけではありません。
積み重ねで少しずつ変わっていくことも、たくさんあると思います。
ただ最近、私は少し不思議に感じることがあります。
もし同じ効果なら、
作業量が多いのと少ないの。
時間を使うのと使わないの。
忙しいのと忙しくないの。
ややこしいのとシンプルなの。
本当に価値が高いのは、どちらなんだろう。
例えば食べ放題も、少し似ている気がします。
「同じ金額なんだから元を取らなきゃ」
と思って、
本当はもう十分なのに、まだ食べる。
そこまで食べたくないものまで取る。
全種類制覇しようとする。
気づくと、自分が本当に味わいたかった感覚より、
「たくさん食べた」「元を取った」「やり切った」
の方が目的になっていたりする。
そして帰る頃には、少し苦しい。
もちろん、それが楽しい日もあります。
でも一方で、
少しだけ好きなものを食べて、ゆったり過ごして、「ああ、美味しかったな」と余韻を感じながら帰る時間にも、別の豊かさがあります。
英語学習も、少し似ている気がするんです。
大量の情報。大量の課題。
それで、「今日は頑張った!」という満足感を得ることもできます。
でも、
「知ったこと」と、「自然に聞こえたり、使えたりすること」の間には、意外と大きな距離がある気もしています。
レッスンの時に、
「最近どうですか?」
と聞くと、
「もちろん、全然聞こえ方が違います」「不思議と言えば不思議だけど、なんか本当に聞こえます」「前と違うんです」
みたいに返ってくることが、実は結構あります。
しかもそれは、一回目や二回目のレッスンの後に起こることもあるし、
逆に、長く続けてくださっている方が、
ある日ふと、
「なんか急に聞こえます」
と話されることもあります。
そして時々、
「英語が英語で、不思議とあたりまえに入ってくる感じがする」「前よりどう考えても自然にスッと理解できる」「まだまだなんですけど、なんていうか、英語で理解できている感覚があるんです」
みたいなお話を、色々な方から聞くことがあります。
もちろん、
レッスンを受け始めてすぐに、
ある日突然、
魔法みたいに全部できるようになる、
という話ではありません。
でも、
そういう瞬間は、
実際にある気がしています。
ある日ふと、
英語が“勉強しているもの”ではなく、
自分の言葉として機能していることに、
気づく瞬間。
それは結構、劇的だったりします。
でも不思議なのは、
「じゃあどこで変わったの?」
と聞かれると、
わかるような、わからないような。
何もなかったところに突然起きたというより、
少しずつ積み重なっていたものが、ある時ふっとつながる感覚に近いのかもしれません。
そのたびに私は、
「ああ、よかった。ちゃんと変化は起きているんだな」
と、少し安心します。
たぶん私は、
自分の時間も、相手の時間も、
できるだけ無駄にしたくないんだと思います。
絶対に損をさせたくない。
自分にも、相手にも。
やった感にお金を払うのか。
効果にお金を払うのか。
楽しさにお金を払うのか。
余韻にお金を払うのか。
人は一体、何に価値を感じているんだろう。
最近、そんなことをよく考えています。
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