日本語・韓国語講師の Hayoung_Eiko です ^ ^
毎回、初回レッスンで生徒さんにお聞きすることがあります。
「韓国語を勉強し始めたきっかけは何ですか?」
すると、本当にさまざまな答えが返ってきます。
好きなドラマがあったから。
好きな俳優さんがいたから。
韓国文化に興味があるから。
旅行でもっと話せるようになりたいから。
そのたびに、
私も自分の原点を思い出します。
私は、初めてドラマで聞いた韓国語の響きに惹かれて、
「真似したい!」
と思ったのが始まりでした。
今振り返ると、
なんとも私らしいきっかけだったなと思います。
そこからは、
好きなドラマのセリフを聞き取りたくて。
好きな歌の意味を知りたくて。
何度も同じ場面を巻き戻したり、
辞書を片手に歌詞を追いかけたり。
ただそれだけのことが、
たまらなく、とにかく「楽しかった」のです。
当時は、
韓国語がどれくらい話せるかなんて考えていませんでした。
ただ、
「もっと知りたい」
「もっと分かりたい」
その気持ちだけで夢中になっていたように思います。
けれど、
学習を続けていると、
少しずつ見える景色が変わってきます。
自分より発音がきれいな人。
会話が上手な人。
難しい単語をたくさん知っている人。
SNSを開けば、
そんな人たちがたくさん目に入ります。
私も何度も、
「もっと頑張らなきゃ」
と思いました。
もちろん、
向上心は悪いことではありません。
試験勉強のおかげで覚えた単語もあります。
目標があったから続けられた時期もありました。
だからこそ思うのです。
大切なのは、
その先にある景色なのかもしれない、と。
その韓国語で、
誰と話したいのか。
どんな時間を過ごしたいのか。
どんな景色を見たいのか。
そこが見えなくなると、
いつの間にか目標がゴールになってしまうことがあります。
だから最近は、
「どれだけ知っているか」
よりも、
「どんな韓国語を使いたいのか」
を考えることが増えました。
誰かを励ます韓国語かもしれません。
旅先で出会った人と笑い合う韓国語かもしれません。
好きな作品について語る韓国語かもしれません。
あるいは、
大切な人に感謝を伝える韓国語かもしれません。
韓国語を勉強していると、
つい「上手になること」が目的になってしまいます。
でも本当は、
韓国語を使ってどんな時間を過ごしたいのか。
どんな自分でいたいのか。
そちらの方が、
ずっと長く自分を支えてくれる気がしています。
最近は、
「誰かみたいに話せるようになりたい」
というより、
「私らしく韓国語を使いたい」
と思うことが増えました。
誰かと比べて得る満足感ではなく、
「今日は伝えたいことが伝わったな」
「この言葉に出会えてよかったな」
そんな小さな喜びを積み重ねていきたいのです。
もし最近少し疲れていたら、
「次は何級を目指そう」
の前に、少し立ち止まって
「韓国語を使っている自分」
を想像してみてもいいのかもしれません。
誰と話していますか。
どんな言葉を使っていますか。
その時、
どんな表情をしていますか。
そんな時、私は時々、
韓国語を始めたばかりの頃の自分に会いにいきます。
ただ好きで。
ただ楽しくて。
もっと知りたくて。
韓国語が上手になりたかったわけではなく、
韓国語が好きだった。
あの日の「好き」は、
案外、今も続いているのかもしれません。
あなたが韓国語を好きになったきっかけ、
今も覚えていますか?
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