日本語・韓国語講師の Hayoung_Eiko です ^ ^
先日、H3ロケットのニュースを見ました。
今回の打ち上げでは、
補助ロケットを付けない
新しい形態の実証が行われるそうです。
ロケットというと、
より大きく。
より強く。
より多く。
そんなイメージがあります。
だから私は少し意外でした。
遠くへ飛ぶための挑戦なのに、
増やすのではなく、
減らすことを考えているのです。
もちろん、その背景にはコスト削減があります。
必要なものだけを残す。
部品を減らす。
無駄を省く。
そうすることで、
より使いやすく、
より続けやすい仕組みを目指しているのだそうです。
その話を読んでいて、
ふと別のことを思い出しました。
世界遺産の富士山です。
毎年、多くの人が訪れる一方で、
捨てられたゴミの問題もたびたび話題になります。
ゴミは、
捨てた瞬間に終わりません。
誰かが拾い、
誰かが運び、
誰かが分別し、
誰かが処理します。
そこにはお金もかかります。
時間もかかります。
労力もかかります。
私たちはつい、
「捨てるところ」までは見ます。
でも、
その先にいる人たちのことは、
意識しないまま過ごしてしまうことがあります。
地上だけではありません。
宇宙でも、
役目を終えた人工衛星やロケットの破片が問題になっています。
それらは「宇宙ゴミ(スペースデブリ)」と呼ばれ、
将来の宇宙開発に影響を与える可能性があると言われています。
遠くへ飛ばす技術だけでなく、
未来に何を残さないか。
そんな視点も求められる時代になりました。
環境への配慮。
誰かへの思いやり。
そんなことを考えていたはずなのに、
気づけば、
私は自分自身のことを考えていました。
私は、
誰かの時間を当たり前のように使っていなかっただろうか。
私は、
誰かの手間に甘えていなかっただろうか。
私は、
誰かに後始末を任せたままになっていることはないだろうか。
考えてみると、
それはゴミだけの話ではありません。
何気なく口にした言葉。
返事を先延ばしにした約束。
途中で投げ出した役割。
感情のままに送ったメッセージ。
残した本人は忘れていても、
その後を引き受けている人がいるかもしれません。
人は、
何かを足すことには敏感です。
新しい知識。
新しい物。
新しい経験。
けれど、
何かを残さない工夫については、
あまり考える機会がありません。
だからこそ、
ロケットのニュースが少し印象に残りました。
遠くへ飛ぶために、
増やすのではなく、
減らすことを考える。
それは宇宙開発の話でありながら、
どこか私たちの日常にも重なって見えたのです。
ロケットのニュースを読んでいたはずなのに、
最後に残ったのは宇宙のことではありませんでした。
今日、自分が残していくものは何だろう。
そして、
誰かに残したままになっているものはないだろうか。
そんなことを、しばらく考えていました。
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