これまでの「英語のOSを整える」シリーズでは、なぜ日本人学習者には英語が苦しく感じやすいのか、なぜ英語が速く聞こえるのか、なぜ"主語"が重要なのかなどについて、日本語と英語の「処理の流れ」の違いという視点から、少しずつ整理してきました。
今回からは、その「英語OS」の視点を使いながら、be動詞、助動詞、発音、曖昧音、前置詞など、英語のさまざまな仕組みを、もう少し具体的に観察していこうと思います。
そして最初のテーマは、英語学習の最初期から、何度も何度も登場し続ける、"be動詞"です。
学校ではよく、「be動詞=イコール」「be動詞=〜です」のように習います。
ただ、正直なところ、私自身は、is を「=」だと感じたことが、あまりありません。
私の感覚では、is は、二つのものを等号で結んでいるというより、自分の感触に、自信を持っている感じに近いのです。
「これは、今、確かにこうだ」。
そう感じている、その確信そのものが、is という形になって出てくる。私には、そう思えるのです。
たとえば、
The room is quiet.
という文。
これを、「部屋=静か」という計算式のように受け取ることは、実際にはあまりありません。
むしろ最初にあるのは、"シーン…"という、ごくかすかな静けさの感触に近いものかもしれません。
そして、その感触をきっかけとして、the room の像が、カメラのシャッターを切るように、瞬間的に輪郭を持ち始める。そんな感覚に近いように思うのです。
以前の「主語」の回でも少し触れましたが、英語では、環境や刺激を受け取ると、まず何かが、輪郭を持った像として立ち上がりやすい。
ただ、その瞬間に、すべてが完全に固定されているわけではありません。
その周囲には、まだ言葉になりきっていない、感触や、抽象的なエネルギーのようなものが、少し浮遊したまま存在している。
そして、言葉が進むにつれて、その感触が、像と少しずつ紐づきながら、立体感を持ち、徐々に確定していく。そんな流れがあるようにも感じます。
たとえば、
The coffee is good.
という文。
これも、「コーヒー=良い」というより、まず、"うまっ"という、繊細な反応や感触がある。
そして、その感触をきっかけにして、the coffee の像が、リアル感を伴って立ち上がる。
I'm tired. も同じです。
ここでも、最初から文法を順番に組み立てているというより、まず、身体感覚としての"疲れた…"のような感触がある。
そしてその感触によって、" I "という存在が、自然に輪郭を持ち始める。
ただ、ここでまだ、quiet や tired のような感触そのものは、少し浮遊している状態に近いのかもしれません。
そして 現在形のam/is/are は、その感触を、"今そこにリアルに存在しているもの"として、その像へ接続していく。
だから be は、単なる「=」というより、感触と像を、リアル感を伴って結びつけている流れに近い。そんなふうにも感じます。
そして実は、この "リアル感" は、英語ではかなり重要な感覚のように思います。
ここで言う "リアル" とは、話者が、その状態を "今、確かにそうだ" と、根拠に自信を持って引き受けている感覚のことです。
そして、その「今、確かにそうだ」という引き受けが、現在形 am / is / are という形になって表れます。
I'm tired.
It's cold.
The room is quiet.
などでは、その感触は、話者の中で、"リアルなもの" として、確かに今そうだと引き受けられている。
一方、
The room was quiet.
になると、少し感覚が変わります。
quiet の感触そのものが、消えているわけではありません。像も、ちゃんと存在している。
ただ、話者はそれを、その瞬間の "確かにそうだ" というリアルとしては、引き受けていない。だから、現在形ではなくなります。
ここで言う "リアル" は、単に「実際に存在する/しない」という意味ではありません。
日本語で「時間」というと、何かが流れていったり、様子が変化していったり、距離が遠ざかったり近づいたりするような、"流れ"の感覚を伴うことが多いように思います。
でも英語では、少なくとも私には、単に時間軸を移動しているというより、話者が、その状態を、どれくらい "確かにそうだ" と、根拠に自信を持って引き受けているのか、そのスタンスの方が、強く感じられることがあります。
だから英語の時制は、単なる「時間」というより、その状態を、どのリアル感で引き受けているのか、話者の存在スタンスとも、深く関係しているのかもしれません。
そして実は、この感覚は、英語の発音やリズムにも深く繋がっています。
I'm tired.
It's cold.
She's nice.
などでは、be動詞部分は、かなり弱く短く発音されることがあります。
でも、完全には消えていない。
なぜなら be は、単なる意味単語というより、感触と像を、背景でリアルに結び続けているしくみとして、働いているからです。
一方、日本語では、「寒い」「疲れた」「静かだね」のように、感覚や様子そのものから、自然に言葉が始まりやすい。
だから日本語話者は、英語で be を使おうとすると、「なんで毎回こんなものが必要なの?」と感じやすいことがあります。
でも英語側では、まず、なんらかの心理的・物理的空間のエネルギーに触れた瞬間、それがきっかけとなって、像や輪郭が瞬間的に立ち上がる。
そして、そのエネルギーの感触と像が、リアル感を伴いながら少しずつ紐づき、立体化していく。
だから英語は、単語を順番に組み立てているというより、感触、輪郭、方向性、エネルギーのようなものが、並列的に存在したまま、少しずつ結びつき、意識化し、言葉になっていく感覚に近いのかもしれません。
もちろん、これは「唯一絶対の説明」ではありません。
ただ、英語を長く観察していると、be を、単なる「=」として扱うより、"立ち上がった像を、どれくらい確かなものとして引き受けているか" として見た方が、英語全体の感覚が、自然につながって見えてくるように感じます。
これからも、be 以外の動詞や助動詞、発音なども、同じ「英語OS」の視点から、少しずつ観察していけたらと思っています。
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