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学ぶ楽しさを失い、取り戻した先にあったもの

Weekly Topic: Why I became a tutor

Minami Okamoto

こんにちは。
英語講師のMinamiです。


どうして私が英語講師をしているのかをお話しするために、まずは私自身のこれまでの歩みについて、少しだけお話しさせてください。

 
高校生の頃、私は子供の頃から大好きだった英語が嫌いになりました。
 
物心がつく前から、母が元国際線の客室乗務員だったこともあり、家では英語の歌を聞いたり、英語で遊んだりすることが当たり前でした。外国人の話し方や発音を真似するのも好きで、英語は勉強というより遊びの一部のような存在でした。
 
ところが高校に入ると、その英語が急に息苦しいものになりました。
 
テストの点数、偏差値、順位。
 
いつの間にか「英語で何ができるようになるのか」ではなく、「何点取れるか」が重視されるようになり、私はその空気になじめませんでした。
 
学校にも足が向かなくなり、部活も辞め、勉強への意欲も失っていきました。 進学クラスにいながら成績は下位。 先生たちにも見放されている気持ちになり、心の中では反発ばかりしていました。
 
そんな私が大きく変わったのは、高校の進路を決める時期でした。
 
「海外の大学に進学します。そのためにまず、海外大学進学を専門とする東京のカレッジに行きます。」
 
そう伝えて、担任の先生が目を丸くしていた時のことは、今でも覚えています。 周囲から見れば、当時の私の成績でアメリカの大学を目指すなんて無謀な挑戦だったと思います。 それでも、その時の私は初めて、自分の意思で将来の道を選んでいました。
 
そしてNICに入学すると、高校時代にはあれほど嫌だった勉強に、自分でも驚くほど夢中になりました。課題は山のようにあり、毎日10時間以上英語を勉強していました。それでも不思議と苦ではありませんでした。
今思うとそれは、高校時代に見失っていた「学ぶことの楽しさ」を取り戻した時間だったのだと思います。誰かに言われたからではなく、自分で選び、自分で目標を持って学ぶことの面白さを、私はそこで思い出しました。
 
アメリカへ行きたい。
もっと広い世界を見たい。
UCLAへ進学したい。
 
その思いだけを胸に、毎日必死に机に向かっていました。
 
その後TOEFLを受験して渡米し、コミュニティカレッジへ入学しました。そこでUCLAなどの四年制大学への編入を目指します。
 
コミカレ時代は、水を得た魚のようでした。これまで行き場を失っていたエネルギーが一気に解放されたような感覚がありました。見るものすべてが新鮮で、現地の友人もでき、英語が少しずつわかるようになる。そのすべてが嬉しく、学ぶことそのものが楽しくて仕方ありませんでした。
 
しかし二年後、一度はUCLAに合格したにもかかわらず、自分の計算違いで編入に必要な単位が2単位足りず、合格が取り消しになってしまいます。
 
当時は人生が終わったような気持ちでした。
 
けれど結果的には、その一年間でテレビ局やメディアでのインターンシップを経験し、一生の友人とも出会うことができました。今では、あの時の挫折がなければ今の私はいないと思っています。
 
大学卒業後は、アメリカだけでなくヨーロッパやアジアなど20か国以上を旅し、さまざまな人々や価値観に出会いました。
 
そうした経験の一つひとつが、今の私の価値観をつくっています。異なる文化や考え方に触れたことで、人との違いを否定するのではなく、面白いと思えるようになりました。
 

こうして振り返ると、遠回りも失敗もたくさんありましたが、生徒さんたちにも伝えたいことがあります。
 
今の成績や結果だけで、自分の可能性を決めてほしくないということです。
英語は単なる受験科目ではありません。
 
私にとって英語は、函館から世界へ飛び出すきっかけでした。
自分の知らない景色を見せてくれたものでもありました。
そして何より、「今いる世界がすべてではない」ということを教えてくれました。
 
世界には、自分が当たり前だと思っていたこととは全く違う価値観や生き方があります。
英語は、そんな自分の常識を揺さぶり、世界を広げてくれた手段でもありました。
 
高校時代の私は、自分の未来が見えなくなっていました。
けれど英語を通して世界とつながったことで、「こんな生き方もあるんだ」「こんな世界もあるんだ」と知り、自分の人生を自分で選べるようになりました。
 
振り返ってみると、少し皮肉な話かもしれません。
当時の私は学校教育に強い反発を感じていました。
 
なぜ勉強するのかわからない。
なぜ点数ばかりが評価されるのかわからない。
 
そんな思いを抱えながら、私は学ぶことそのものから離れていきました。
でも、その経験があったからこそ、卒業後に自分で選んだ学びに出会った時、その面白さに夢中になることができました。
そして、人は「やらされる」から学ぶのではなく、「知りたい」「やってみたい」と思えた時にこそ、本当の意味で成長できるのだと気付きました。
 
だから私は今、生徒さんたちの英語力だけではなく、その奥にある好奇心や主体性を大切にしたいと思っています。
 
私がレッスンをしていて一番嬉しいのは、生徒さんが「英語が楽しい!」と目を輝かせる瞬間です。
 
自分で目標を立てること。
自分から質問すること。
宿題に取り組むこと。
レッスンを楽しみにしてくれること。
 
それらは単なる行動ではなく、「もっと知りたい」「もっとできるようになりたい」という気持ちの表れです。
もちろん、保護者の方から「レッスンを楽しみにしています」「英語が大好きなようです」と言っていただけることも本当に嬉しいです。
 
それでも私が一番嬉しいのは、生徒さん自身の中に学ぶ意欲が芽生え、それが少しずつ育っていく姿を見ることです。
 
学生時代に受けた教育は、その後の人生の土台になります。
 
先生から何気なくかけられた一言。
親と過ごした時間。
学校で学んだこと。
友達と笑い合ったこと。
 
そうした経験の積み重ねが、その人の価値観や人生の選択を少しずつ形作っていきます。
 
だからこそ私は、知識を一方的に教える先生ではなく、生徒さんと同じ目線で学び、一人ひとりが自分らしく成長できる環境をつくりたいと思っています。
 
「こうしなさい」と導くよりも、
「あなたはどうしたい?」と問いかけられる先生でいたい。
 
英語を通して世界に興味を持ち、自分の未来を自分で選び取る力を育んでほしい。
 
それが、私が英語講師を続けている理由です。
 
振り返ってみると、私を苦しめたのも教育でしたが、私の人生を変えてくれたのもまた教育でした。
もし高校時代の自分に会えるなら、こう伝えるでしょう。
 
「大丈夫。あなたは自分で道を切り開ける人だから。」
 
そして今は、その言葉を、生徒さん一人ひとりにも届けられる講師でありたいと思っています。

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This column was published by the author in their personal capacity.
The opinions expressed in this column are the author's own and do not reflect the view of Cafetalk.

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