日本語・韓国語講師の Hayoung_Eiko です ^ ^
先日、「自信がなく人と距離をとってしまう」という記事を読み、
思わず立ち止まりました。
「人と距離をとってしまう」と聞くと、
人付き合いが苦手だから、
人見知りだから……
そんなふうに思われがちです。
でも、本当は少し違うのかもしれません。
傷つくのが怖い。
嫌われるのが怖い。
だから、相手を遠ざけたいのではなく、
自分が傷つかないように、
無意識のうちに少し距離を置いてしまう。
記事を読みながら、そんな昔の自分を思い出しました。
私はもともと、初対面の人とすぐに打ち解けられるタイプではありません。
「変なことを言ったらどうしよう。」
「つまらない人だと思われたらどうしよう。」
そんなことばかり考えて、自分から一歩近づくよりも、
相手の様子を見ながら距離を測ってしまうことがよくありました。
でも今振り返ると、人が苦手だったのではなく、
自分に自信が持てなかっただけなのだと思います。
この気持ちは、韓国語を勉強し始めた頃にもよく似ていました。
話したい気持ちはあるのに、
「発音がおかしかったらどうしよう。」
「文法を間違えたら恥ずかしい。」
そんな不安ばかりが先に立って、
思うように言葉が出てきませんでした。
ところが、実際に出会った先生方は、
私が想像していた人たちとはまったく違いました。
間違いを責める人ではなく、
話そうとしたことを喜んでくれる人。
「大丈夫ですよ。」
「ちゃんと伝わっていますよ。」
「一緒に考えましょう。」
そんな言葉を、何度もかけてもらいました。
その安心感のおかげで、
「また話してみよう」と思えるようになり、
気づけば以前より自然に言葉が出てくるようになっていました。
もちろん、急に韓国語が上手になったわけではありません。
でも、安心して話せる場所があったからこそ、
少しずつ話せるようになったのだと思います。
私は今、こんなふうに感じています。
人は、自信がついたから話せるようになるのではなく、
「この人なら大丈夫」と思える相手に出会うことで、
少しずつ自信を育てていくのかもしれません。
今でも、新しい先生のレッスンは少し緊張します。
それでも、一時間後には「またお話ししたいな」
と思っていることが少なくありません。
韓国語が完璧だからではなく、
「この先生なら安心して話せる」と感じられるからです。
韓国語を勉強していると、
「もっと上手になってから話そう」と思ってしまうことがあります。
でも、もしかしたら順番は逆なのかもしれません。
安心して話せる人に出会う。
その安心が「話してみよう」という気持ちを生み、
小さな一歩を積み重ねるうちに、
それが少しずつ自信へと変わっていく。
語学を学んでいるつもりが、
気づけば「人を信じること」を学んでいた。
そんな気がしています。
人との距離を縮めるには、勇気が必要だと思っていました。
でも今は少し違います。
必要なのは勇気よりも、
「この人なら大丈夫」と思える出会いなのかもしれません。
韓国語を学び続けてきて感じるのは、
言葉は人と人をつなぐためだけのものではないということです。
新しい言葉を覚えるたびに、
新しい世界が広がり、新しい出会いが生まれる。
そして、その出会いが少しずつ自分を変えてくれる。
だから私は今日も、新しい単語を覚えるだけでなく、
新しい人との出会いも大切にしていきたいと思っています。
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