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蜘蛛の巣

Kirara.U

畑に行くと、たくさんの蜘蛛がきゅうりネットに巣を張っています。
頭では、ほかの虫を食べてくれる益虫だとは分かっているものの、どうしても怖いのです。
思わず何度も振り払ってしまったことがあります。

「わが背子が 来べき宵なり ささがにの 蜘蛛のふるまひ かねてしるしも」
(現代語訳:蜘蛛のふるまいが恋しい人が来るにちがいないとお知らせしています。)

これは、古今集の和歌です。

当時の日本では、蜘蛛は怖いものではなく、何か嬉しい知らせを暗示するものでした。
また、中国の唐の時代には「喜従天降」という吉兆のしるしとして、蜘蛛が糸を伸ばしてぶら下がってる絵を飾っていたようです。

蜘蛛は蜘蛛に過ぎないのに、
ある時は悪い怖いものとして見たり、良いものとして捉えます。

私たちは目で見て、耳で聞いて、鼻でにおいを嗅ぎ、口で味わい、身体で暑さや寒さを感じます。
これら全ての働きは、実際に現実をありのままにとらえているのではなく、脳内で行われている処理です。

自分にとって都合の良いことは、ラッキーなことになるし、都合の悪いことには、腹を立てます。
しかし、この世界で生きている以上、人とのご縁、土地とのご縁、ものとのご縁、それら全てが蜘蛛の巣のように最初は短い糸であっても縁が生まれることで、一つの大きな蜘蛛の巣になります。

つまり、これが良くて、悪いのではなく、すべて必要なご縁ということです。
このご縁の中で、私たちは生かされているのです。

そして、人はだれでも誰かにとっての良い人にも、悪い人にもなり得ます。
実は、大きな蜘蛛の巣で生きている蜘蛛が、私たちの本当の姿なのかもしれませんね。

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