海の景色を想像してみましょう。
(嵐の跡などは)木くずなどが浮かんで見えています。
きれいな青だったり緑だったりというのは、
偶然や奇跡が重なって作り上げられた色だと気づくでしょう。
自然の景色というのは、
必ずしも美し色ばかりではありません。
台風の時に見る水の色は、とても濁った色であるように、
自然は自然でクリアになる努力をしているのです。
ただし、濁った色が悪いということではなく、
それによるいろいろな調和、サイクル、
それらすべてが合わさって自然なのです。
何かを悪いと言って排除してしまうと、
きれいなものだけになる。
その中でまた優劣がついてしまう。
それはとても心の狭いことです。
すべてを受け入れる、
そしてパイを大きくしていく
それこそが自然なのです。
善と悪があるとして、すべてを飲み込む。
そして、その中で、
何をどうしたらよい方向に持っていけるのか、
広げていけるのか考えることこそが
人生であり、自然であり、宇宙なのです。
濁った色というものが警報の役割を果たしているなら、
必ずしも悪いことではありません。
そうやって物、人はそれぞれの役割を担っているのです。
それをどう生かしていくのか、
どう浄化していくのか、
どう調和していくのか、
そういったことを考えていくことこそが
生きていくことなのです。
自分、あるいは周りのもの、人について、
その役割を考えてみましょう。
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