日本語・韓国語講師の Hayoung_Eikoです ^ ^
以前、このコラムで
日本語の「もったいない」について書きました。
食べ物を残した時。
まだ使える物を捨てる時。
私たちは「もったいない」と言います。
でも、そこにあるのは
単に「無駄にしてしまった」という
気持ちだけではありません。
作ってくれた人。
育ててくれた人。
運んでくれた人。
その物がここへ来るまでにかかった
時間や手間を思うと、
どこか「申し訳ないな」と感じる。
そんなことを書いたコラムでした。
そんなある日、台湾の日本語学習者の生徒さんと
レッスンで話していた時のこと。
その生徒さんが、
「(コラムの)ここの部分、とても共感しました」
と話してくれました。
そこから二人で、
「そういえば、『もったいない』って
物以外にも使いますよね」
という話になりました。
例えば、
能力があるのに、
その力を十分に発揮できていない人。
「あんなに力があるのに、もったいない」
いい人材なのに、
その力を生かせる場所にいない。
「このままでは、もったいない」
そして、
せっかくのチャンスを
逃してしまった時にも、
「ああ、もったいなかった!」
と言います。
こうして並べてみると、
同じ「もったいない」でも、
ずいぶん違う場面で使っていますよね。
でも、話しているうちに、
「もしかして、全部つながっている?」
と思いました。
まだ食べられる。
まだ使える。
もっと力を発揮できる。
つかめたかもしれない。
そこにある価値を
十分に生かせなかった時、
私たちは「もったいない」と
感じるのかもしれません。
そんな話をしていた時、
その生徒さんが、
台湾にも、同じような感覚があると言って、
こんな言葉を教えてくれました。
「機會是給準備好的人」
「チャンスは、
準備ができている人に与えられる」
という意味だそうです。
この言葉を聞いた瞬間、
「あれ?
似たような話をどこかで聞いたことがある……」
ふと思い出したのが、
以前、ある韓国語の先生から聞いた
「運も実力のうち」という話でした。
ただ「運がよかった」で
終わる話ではありません。
せっかく運がやって来ても、
それを受け取れる準備が
できていなければ、
自分のものにはできない。
そんなお話でした。
その生徒さんから聞いた言葉と、
韓国語の先生から
以前聞いた話。
まったく違うところで聞いた二つが、
この日、
私の中でふっとつながりました。
運やチャンスって、
こちらの都合に合わせて
やって来てくれるわけではありません。
「よし、準備できた!」
というタイミングで
来てくれるとも限らない。
むしろ、
「今!?」
という時に突然やって来ることも
ありますよね。
だからこそ、
その時に手を伸ばせるように
準備しておく。
そう考えると、
「チャンスを逃して、もったいなかった」
という言葉も、
少し違って聞こえてきました。
「もったいなかったな……」
そう思った経験も、
ただ惜しんで終わるのではなく、
「じゃあ、次は?」
と考えるきっかけになるのかもしれません。
日本語の「もったいない」について
話していたはずなのに、
台湾の言葉につながり、
そこから以前聞いた
韓国語の先生の話まで思い出す。
言葉って、
面白いですね^^
一つの言葉から話が広がって、
国や言語を越えて
思いがけないところでつながっていく。
これも、
レッスンをしているからこそ出会えた
小さな発見でした。
次にチャンスがやって来た時、
「もったいなかった」で
終わらせないために、
皆さんは今、何かを受け取る準備、
できていますか? ^ ^
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