そう尋ねられたら,私には迷わず挙げる本があります。
聖書です。
聖書というと,宗教の本という印象を持つ方が多いかもしれません。
もちろん,その通りです。
でも,私にとって聖書は,物事の考え方や,人への接し方,人生で何を大切にするかを教えてくれた本です。
そして,その教えは,私の人生の選択にも大きな影響を与えてきました。
■ 考え方が変われば,行動が変わる
同じ出来事を経験しても,人は同じように受け止めるとは限りません。
失敗した時,「もう駄目だ」と考える人もいれば,「ここから何を学べるだろう」と考える人もいます。
出来事そのものは変えられなくても,その受け止め方や考え方は変えられます。
そして,考え方が変わると,言葉が変わり,行動が変わります。
やがて,人との関係や生き方まで変わっていきます。
■ 与えることに,幸福を見いだす
聖書には,キリストのこんな言葉もあります。
「受けるよりは与える方が幸いである」(使徒言行録 20:35,新共同訳)
私たちは,何かを手に入れた時に幸せを感じます。
欲しかった物を買えた時。
目標を達成した時。
だれかに認められた時。
でも,聖書は,別の幸福にも目を向けさせてくれます。
だれかのために時間を使う。
困っている人を助ける。
自分の知識や経験を役立てる。
与えられるのは,お金や物だけではありません。
時間,知識,経験,励ましの言葉。
自分にできることを,だれかのために役立てることができます。
幸せとは,どれだけ多くのものを得たかだけでは決まらない。
この考え方も,私の人生に大きな影響を与えてきました。
■ 人生の選択も変わった
そう考えて,転居を重ねてきました。
自分のためだけでなく,だれかのために生きる。
転居する際に,それまで指導していたご家庭から,引っ越した後も教えてほしいという希望をいただきました。
■ 教える仕事にも生きている
また,先ほどの考え方は,家庭教師としての指導にも生きています。
同じ説明をしても,すぐに理解できるお子さんもいれば,時間が必要なお子さんもいます。
そんな時,「どうして分からないんだろう」と生徒さんに原因を求めるのか。
それとも,「どう説明すれば分かってもらえるだろう」と自分に問いかけるのか。
この違いは大きいと思います。
自分が生徒だったら,どのように教えてほしいだろうか。どんな言葉を掛けてもらいたいだろうか。どこまで戻って説明してもらえたら,安心して学べるだろうか。
そんなふうに,相手の立場に立って考えること。
そして,自分の知識や経験を,相手のために役立てること。
私にとって家庭教師の仕事は,単に勉強を教えることではありません。
目の前の生徒さんが何に困っているのかを理解し,その人に必要な助けを差し伸べることです。
この姿勢も,聖書から学んできた考え方と深く結び付いています。
■ 成功の意味も変わった
世の中には,一見,きらびやかに見えるものがたくさんあります。
高い収入。
社会的な地位。
人からの評価。
もちろん,それ自体が悪いわけではありません。
でも,聖書を学ぶことで,「それは,長い目で見ても価値のあるものだろうか」と考えるようになりました。
目先の魅力だけで判断せず,その先に何があるのかを考える。
何を手に入れるかだけでなく,どんな人生を送りたいのかを考える。
人生で本当に大切にしたいものが明確になりました。
その結果,目先の“魅力”に心を奪われず,自分が大切にしたいものを基準に,人生の選択ができるようになりました。
これも,聖書によって得られた大きな変化の一つです。
■ 今も,毎日家族で読んでいる
私は家族で,毎日一緒に聖書を読んでいます。
一度読んで終わりではありません。
何度も読んだことのある言葉でも,その時の状況や経験によって,新しい発見があります。
以前は何気なく読み過ごしていた言葉が,ある日,特別な意味を持つこともあります。
そして,家族で読むことで,自分とは違う視点に気付くこともできます。
読むこと自体が目的ではありません。
読んで,考えて,生活の中で実践する。
その繰り返しによって,少しずつ考え方や行動を変えていくことができます。
もちろん,毎日失敗し,反省しながら生きていますけど。(笑)
それでも,昨日より今日,今日より明日,少しでも良い人間になれたらと思っています。
考え方を変えてくれた本。
私にとって,それは聖書です。
でも,過去に一度だけ人生を変えた本ではありません。
今も,私の考え方や生き方を変え続けてくれている本です。
良い本は,読み終わっても終わりません。
その言葉が,日々の判断や行動の中で生き続けるからです。

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