私は、高田郁さんの作品をよく読むのですが、高田さんは読者を泣かせる達人だと思っています。
『晴れときどき涙雨』というエッセイ集はハンカチなくしては読めませんでした。
その中でも、「パンと牛乳」という話に登場するY君のことが心に残っています。
阪神淡路大震災で被災した高田さんが、ようやく復旧した駅のホームで、ごった返す雑踏の中に、自分のことを呼ぶ声がしました。
声のする方を見ると、以前塾講師をしていた時の教え子であるY君が立っていました。
Y君は「ここで待ってたら会えると思って」と言って、新鮮な牛乳とパンがぎっしり入った紙袋を差し出して再び雑踏に消えていきました。
高田さんは震災以来、新鮮な牛乳など口にできていなかったそうです。
震災で、各々が生きていくことに精いっぱいだったその時に、出会えるとも分からないホームにたたずみ、恩師を待っていたY君の気持ちは余程の思いだったでしょう。
ずっしりと重い紙袋を持って、人混みの中、目を凝らして高田さんを探していたのだろう。
そうまでしても、過去の恩返しをしたかったY君の気持ちと、高田さんが過去にかけた情の深さに、何度もこみ上げてくるものがありました。
今でも心に残っている作品です。
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