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Cafetalk Tutor's Column

AKAsan 講師のコラム

不安は愛の対極だということ

2017年6月4日

こんにちは! 講師のAKAsanこと赤木あつしです。

前回は動画で、「不安は幻想だ」という話をしました。幻想ですから、実体がないものです。

ではそのことを、別の角度から話してみたいと思います。

 

シリーズで100万部売れたという「神との対話」では、「不安は愛の対極だ」と言っています。

この世はすべて相対的にできているのですが、それは、それによって体験することができるからなのです。

簡単に説明すると、「低い」があるから「高い」がわかります。
身長2mの人を見て「すごいなぁ!」と感動するのは、他の人が「低い」からです。もし、すべての人が身長2mの世界があったとしたら、その人たちは身長2mに感動するでしょうか?

このように、概念を体験的に知るために、相対的な世界が創られたというのです。

 

元々ある本質的な絶対的な世界では、概念はあっても体験ができません。ですから、その対極を創ることで、相対的に比較することを可能にしたのです。

では、「愛」はどうやったら体験できるでしょう? それは、「愛」でないものが存在することによって、初めて体験可能になります。

では、「愛」の対極は何でしょうか?

実は、「愛」には対極がないのです。なぜなら、「存在のすべて(=神)」が「愛」そのものだからです。

しかし、対極がなければ、愛を体験できません。
そこで、愛があることを忘れたのです。「存在のすべて」というものがあることを忘れたのです。この相対的な世界においては。

「愛がない」かもしれない。その可能性が生まれたことで、「愛」も体験できるようになりました。

その愛がない」かもしれないという可能性が、「不安」なのです。

 

しかし、実際には「愛」はあります。ないということがありません。だって、「存在のすべて」のことですから。「存在のすべて」がない、というのは、言葉の上で矛盾していますよね。

ですから、「不安」は本当は幻想なのです。だって、「愛がない」ということはあり得ないからです。

これが、「神との対話」でなされている説明です。

「不安は愛の対極」です。このことを知っていると、「愛」がよくわかるようになります。

不安を取り除けば、そこに愛が現れるからです。それは、これまで多くの人が「愛」だと思っていたものとは違います。

これまでの「愛」の概念は間違っているのです。だから人は、「愛する」と言いながら苦しみます。

 

「愛」を知りたければ、「不安」を取り除くことです。

「不安は愛の対極」であり、不安のないところに愛があるからです。

 

※前日の「不安」っていったい何なの?も合わせてご覧いただくと、より理解が深まると思います。

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