アンブローズ・ビアス( Ambrose Bierce 1842-1913? )という作家を知っている人は、悲しいぐらい少ない印象です。アメリカの作家なのに、今まで「知ってる!」というアメリカ人に会ったことがありません。日本人のほうは、たま~に『悪魔の辞典』なら知ってるという人がいる程度。
でも実は日本文化にけっこうな影響を与えている人だというのはビアス界隈では常識でして、なぜかというと、今回のこの「月明りの道」(
The Moonlit Road 1907)における「複数人(幽霊含む)の証言が順に語られ、それぞれが食い違っていて真相が曖昧になる」という技法を参考にして、芥川龍之介が「藪の中」を書いたと言われているからです。黒澤明はこの作品を元に映画『羅生門』(1950)を制作しました。
その他、岡本綺堂(1872~1939)もビアス作品を翻訳しており、『半七捕物帳』に通じる文体で味があります(興味のある方は、
青空文庫 Aozora Bunko で無料で読めます
図書カード:世界怪談名作集 )。
さて、「月明かりの道」という物語はビアス作品の中でも最晩年に書かれたもので、女性視点が入っている唯一の作品といってもいいでしょう。(彼にしては優しい描き方で個人的に驚いたもんですが、それはおいといて)。物語は3章に分かれており、ある一家の息子の語り、ある男の語り、そして霊媒師を通した女性幽霊の語りになっています。
息子の語りによれば、自分が大学生活で家を離れている時に母が何者かに殺され、以来、父がすっかり変わってしまったとのこと。介護のために息子は帰り、父の面倒を見ながら暮らしていたのですが、ある満月の夜に屋敷前の道で何かを見た父親はそのまま行方不明に……。
何があったのかは、次の男の語りで分かってきます。彼は記憶喪失なんですが、昔やらかした気がするという話を死ぬ前に語り始めます。愛する妻に何が起こったのか、何をやらかしたのか。そして最後の章。私はこの章における「幽霊の視点」に興味があって作品を気に入っています。「生者と死者との間で切れてしまった繋がり」というものを取り戻すことは可能なのか。現代まで連綿と続くこの思考に、ビアスはひとつの考えを提示しています。
切ない読後感を残すこの作品は、パブリックドメインで無料で読めます。
Can Such Things Be? by Ambrose Bierce | Project Gutenberg それにしても、まぁなんというか、この作品を読んで思うのは、昔も今も「恋人同士とか夫婦間で試し行為やる奴とはやってけねぇ」という事実……。試し行為ってあれ、相手が自分をほんとに好きかどうか試す行為。嫉妬させるために別な人と仲良くしてみるのも含むのかな?「誰かと付き合ったら、必ず一回は真夜中に強引に呼び出して、ちゃんと来るか確認する。それで来なかったら不合格」みたいな。
相手の神経を逆撫でして自分は満足するって、やられた方はたまんねぇよとは思います。これが作品とどう関係してくるのかは、読んでのお楽しみ。
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