日本語・韓国語講師の Hayoung_Eiko です ^ ^
ふとした一言に、
なぜか胸が詰まることがある。
泣くほどではないのに、
その場を少し離れたくなるような。
うまく言葉にできない気持ちが、
胸のあたりに残る。
消えるわけでもなく、
強くなるわけでもなく。
ただ、そこにある感じ。
そんなとき、韓国語では
뭉클하다
という言葉があります。
「뭉클하다」は、
感動や悲しみなどが込み上げて、
胸がいっぱいになるような感覚を表す言葉です。
辞書では、
感動や悲しみなどの感情がこみ上げ、
胸がいっぱいになる、とされています。
感情が一気に込み上げる、というよりも、
もっと静かに、胸の奥が満ちていく。
勢いよく湧き上がる「박차오르다」とは違って、
뭉클하다は、
もう少しやさしい温度を持った言葉のように感じます。
似た言葉に「벅차다」もありますが、
それは胸がいっぱいになって溢れそうになるような、
もう少し強い感情に使われることが多いように思います。
嬉しいとも、悲しいとも、
はっきり言い切れないまま、
それでも心が動いているとき。
そんな瞬間に、
ぴったりくる言葉のひとつだと思います。
以前、何気なくかけられた一言に、
うまく返せないまま、
ただ「ありがとうございます」
とだけ言ったことがあります。
その場では、それ以上言葉にできなかったのに、
あとになって何度も思い出してしまうような、
そんな感覚でした。
あのときの気持ちは、
嬉しかった、でも少し切なくて、
でもそれだけでは言い切れなくて。
今思えば、ああいう瞬間こそ、
「뭉클하다」だったのかもしれません。
大きな出来事じゃなくても、
誰かのさりげない一言や、
ふとした出来事に触れたとき、
心の奥が、少しだけ揺れる。
その揺れは、
誰かに説明するほどでもないけれど、
確かに自分の中に残っていて、
あとから静かに思い出すこともある。
私は、こういう気持ちに名前があることを、
とてもいいなと思います。
言葉にできなかった感情に、
そっと輪郭ができるような気がして。
あのときの気持ちも、
もしかしたら、そうだったのかもしれません。
胸がいっぱいになる、というほどでもないのに、
なぜか少し立ち止まりたくなる。
そんなとき、
「感動した」だけでは足りない瞬間、
言い切れないときに、
뭉클하다という言葉は
やさしく そっと寄り添ってくれる言葉なのかも。
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