日本語・韓国語講師の Hayoung_Eiko です ^ ^
あるレッスンでの出来事です。
ある韓国語学習者の生徒さんが書いた、
「服を修理する場面」の作文に、
기워서 입다
という表現が出てきました。
「『繕(つくろ)って着る』という意味か。」
そう思って読んでいたら、
ネイティブの韓国語の先生が、ふと一言。
“여기는 덧대서 입다가 더 자연스러워요.”
「ここは、덧대서 입다 のほうが自然ですね。」
「え?」
私は思わず、その一文をもう一度見返しました。
日本語なら、どちらも「繕(つくろ)って着る」。
何が違うんだろう。
そのときは、
「どうしてだろう?」
という疑問だけが残りました。
気になって辞書を引いたり、
用例を調べたりしていくうちに、
「なるほど。」
その一言の理由が、少しずつ腑に落ちてきました。
기우다 は、破れた部分を針と糸で縫い合わせることです。
例えば、
바지가 조금 찢어져서 바늘과 실로 기웠어요.
(ズボンが少し破れたので、針と糸で縫って直しました。)
というように使います。
一方、덧대다 は、別の布を上から当てて補強することです。
例えば、
무릎이 닳은 청바지에 천을 덧대서 다시 입었어요.
(膝が擦り切れたジーンズに当て布をして、また着ました。)
という場面です。
日本語では、どちらも「繕(つくろ)う」の一言で伝わります。
でも韓国語では、
縫ったのか。
布を当てたのか。
その違いが、そのまま一つの動詞になります。
後になって思えば、
あの日教えていただいたのは、
単語の意味だけではありませんでした。
あの一言のおかげで、
それまで何気なく見ていた「繕い方」にも、
言葉の違いがあることに気づけたのです。
それまで一つに見えていたものが、二つに見えるようになった。
そんな小さな変化だったのかもしれません。
あの日から、
服を繕った跡を見るたびに、
「これは 기우다 だろうか。
それとも 덧대다 だろうか。」
と、つい考えてしまいます。
韓国語を学ぶと、
言葉が増えるだけではなく、
目が留まるところまで変わってくるようです。
……たぶん、職業病。
いえ、オタク気質なのかもしれません ^ ^
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