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PARTⅡ①「やる気」は、嘘をつく―「鏡に映った自分という影」

Yuki.Kyoto

こんにちは。人間形成の場、エンパワラボの有岐です。

皆さん、いかがお過ごしでしょうか?

 

今日は、前回の

「やる気」は、嘘をつく―あなたは今、誰の人生を生きていますか?」

の続編です。

 

最後までゆっくりと読んで頂けたら幸いです。

 

 

 

 

  「鏡に映った自分という影」 

「自分の輪郭を思い出す」とは、どういうことだと思いますか。 

 

まず初めに知っておきたいのは、心が動くには2つの動機があるということです。 

 

1つは、「内側から湧いてくるもの」

そしてもう一つは、「外側から反射するもの」です。 

 

内側から湧いてくるものは、「本来の自分」が源泉となっています。 

一方で、外側から反射するものは、イメージの自己が生み出す、「欲望の亡霊」とも言えます。 

 

 

この2つは、感覚として「とても」似ているんです。

どちらも「強く求める気持ち」として表面に現れるから同じように思えてしまう。そこが、厄介なところなんです。 

 

・・・

 

 

ここで少し、「鏡の自分」についてお話します。 

 

小さな子供は、鏡の中の自分を見て初めて「自分」という像を作ります。でも、その映った像は、本当の自分ではないですよね。外から見た自分なんです。 

 

私たちは、その後もずっと、「他者の目」という「鏡」に自分を映し続けます。 

そこには、人間が本能の中に持っている、認められたいという欲求と、劣等感が深く関係しています。 

 

 

「あの人がかっこいいと思う自分」  

「友人が羨む自分」  

「SNSで映える自分」 

 

もっというと、

 

―「素敵なパートナーがいる自分」「知的な自分」「成功している自分」

そして、「立派な親としての自分」 …

 

これらは全て、鏡に映る自分の姿であり、実体のない影です。 

影を追いかけると、捕まえるたびに次の影が現れる…。だから、永遠に満たされないのです。 

 

 

 

幼稚園の頃を思い出してみてください。 

 

休み時間に子供たちは、ただ自分の好きなことをしていましたよね。泥団子を作る子、ジャングルジムに登る子、お絵かきをする子。もしかしたら地面の蟻をじっと見つめている子もいたかもしれません。 

 

事前に考えることなんてせずに、ただその時したいことに没頭していた。 

 

それは、「他者の目から見た自分」がまだ薄かったからなんです。 

 

 

ところが成長するとともに、何が起こるか。 

 

学校や社会に入ると、評価・比較・競争という鏡が現れます。そして、いつしか… 

鏡に映る自分を基準に動くようになっていくんです。 

 

大人になると、「自分が何にこころが引き寄せらせていたか」を忘れてしまいます。 

 

でも、全て忘れてしまったわけではありまえん。 

ただ、声が小さく小さく…聞こえなくなっただけなのです。 

 

 

 

 

 「本物のワクワクを見分ける」 

今、あなたのその「ワクワク」は、本物でしょうか。それとも、偽物でしょうか。 

 

表面的な「偽物」なのか、奥深くの「本物」なのか。

ここで2つを見分ける「問い」をかけてみて下さい。 

 

 

1つ目の問いです。 

「誰も見ていなくても、やり続けられるか。」 

 

本物であれば、答えはYesです。誰かに見せるためではなく、ただそれをしていること自体が、自分の中としっくりきています。

偽物であれば…誰かの目がないと、気持ちは徐々に冷めていきます。 

 

 

 

2つ目の問いです。 

「結果が出なくても、続けられるか。」 

 

本物の力は、結果とは少し離れたところに根を張っています。うまくいかない日があっても、また行きつ戻りつしながら、少しずつ根元から伸びていきます。

偽物は、結果が出ないとわかった瞬間、急速に冷めてしまうものなんです。 

結果が出なくても、続けられるか。 
どうですか? 

 

 

 

3つ目の問いです。 

「やっている最中、どんな感覚があるか。」 

 

魂が求める方向の中にいる時、そこには静かな充実があるはずなんです。興奮ではなく、落ち着いた満たされ感です。

偽物の中にいる時は、興奮と不安が混在しています。やっていても、どこか落ち着かない。 

上手くいく時、いかない時の「心の衝動の奥」に、答えの「心の感触」があるはずなんです。 
偽物の中にいる時は、興奮と不安、魂が求める方向の中にいる時は、静かな充実。

 

そして、上手くいかない時こそ、奥にある「こころの感触」に触れる時です。

どうでしょうか。 

 

 

 

4つ目の問いです。 

「満たされた後、どんな感覚が残るか。」 

 

本物は、深い満足として残ります。その一方で、偽物は、手に入れた瞬間にもう次が欲しくなる。満たされたはずなのに、またすぐ空っぽになる感覚があるんです。 

 

寂しさや、わかってもらいたい悲しみを満たされようとして、それをした後、どんな感覚が残りましたか? 

本物は、深い満足です。そして、偽物は、手に入れた瞬間にもう次が欲しくなる。満たされたはずなのに、またすぐ空っぽになる感覚…。 

それは、あなたにとっての本物でしょうか。 

 

 

 

最後に、5つ目の問いです。 

「その源泉は、どこにあるか。」 

 

本物のワクワクの源泉は、自分の内側にあります。誰かに評価されなくても、そこにあるんです。

一方、偽物の源泉は、他者の視線や評価の中にあります。だから、「自分を見てくれる人」がいなくなると、動く理由も消えていくんです。 

 

どうですか? 

ワクワクの魂の源泉から湧き出る「本物」と、他人の目や評価からの衝動から湧き出る「偽物」。この5つの問いを、静かに自分に聞いてみてください。 
 

 

・・・

 

 

ここで、最初にお伝えした女性のSNSの投稿を、思い出してみてください。 

 

女性は家庭や社会の中で、沢山の顔を使い分けているものです。

女性として、母親として、妻として、嫁として、教育者、保護者として、会社員として… 

外から見た鏡を何枚も持っているのです。

 

でも、その鏡の前に立っている「自分」は、たった1人なんです。 

 

 

助けて欲しい、わかって欲しい、抱きしめて欲しい、安心したい… 

 

池の表面の波があまりに大きすぎて…

底にある石が、何も見えなくなってしまうのかもしれません。 

 

 

「話さなくなった」のは、あきらめたのと同時に、逆に 

内側にベクトルがシフトした瞬間なのかもしれません。 

 

愛される妻、いい母親のイメージが無視され、踏みにじられた時。 

「鏡が曇る前の自分」に戻るように、魂が誘導し始めるのです。 

 

 

 

次回はこの続き。
今日も最後まで読んで頂き、本当に有難うございました。 

氣功師の有岐でした。


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本コラムは、講師個人の立場で掲載されたものです。
コラムに記載されている意見は、講師個人のものであり、カフェトークを代表する見解ではありません。

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