日本語・韓国語講師の Hayoung_Eikoです ^ ^
外国語を勉強していると、
「単語は知っているのに、うまく話せない」
「文法は分かっているのに、言いたいことがまとまらない」
そんなことってありませんか?
私も韓国語を学びながら、何度も経験しています。
もちろん、知らない単語や表現があって話せないこともあります。
でも、あるとき思ったんです。
外国語が出てこない以前に、
そもそも私は「何を伝えたいのか」を
言葉にできているのかな?
と。
たとえば、レッスンで先生から、
「それについて、どう思いますか?」
と聞かれる。
韓国語で何と言えばいいんだろう……。
単語が出てこない。
文章がまとまらない。
そんなとき、つい
「もっと韓国語を勉強しなくちゃ」と思います。
でも、
「じゃあ、日本語だったらどう答える?」
と考えてみると、
……あれ?
日本語でも、意外とうまく説明できない。
そんなことがあるんですよね。
反対に、韓国語を話していて実感することもあります。
日本人である私の場合、
日本語で一度じっくり考え、
自分なりに言葉にしたことがある内容は、
韓国語でも比較的伝えやすい。
韓国語の表現が分からなくても、
自分の中にはすでに「言いたいこと」があります。
だから、
「このニュアンスは韓国語で何と言うんだろう?」
「この言い方で伝わるかな?」
「別の表現に置き換えられないかな?」
と考えられる。
「何を言おう?」と「どう韓国語で言おう?」を、
同時に考えなくてもいい。
私にとって、この違いはとても大きいです。
以前、幼い頃から外国で暮らし、
複数の言語をネイティブレベルで身につけた方から、
興味深い話を聞いたことがあります。
日本語で経験し、日本語で考えてきたことは、
日本語なら自然に考えたり対処したりできる。
ところが、それを別の言語で考えたり対処したりしようとすると、
その言語を十分に話せても、
戸惑ったり、不慣れに感じたりすることがあるのだそうです。
もちろん、その方自身の経験のお話です。
でも、この話はとても印象に残りました。
「その言語を話せること」と、
「その言語で考え、言葉にすること」は、
必ずしも同じではないのかもしれない。
外国語の「話せない」には、
語彙や文法だけでは測れないものもありそうです。
そんなことを考えていたとき、
興味を持った一冊があります。
田丸雅智さんの
『小学生でもできる言語化』。
タイトルだけを見ると、
小学生向けの本なのかな?と思いますよね。^^
でも、テーマはとても根本的です。
頭の中にあるものを、どう言葉にするか。
そして、それをどう相手に伝えるか。
本の中では、
とりあえず書いてみる、言葉を集める、まねしてみるなど、
「言語化」を難しく考えすぎずに取り組むための方法が
紹介されています。
また、この本についての感想を読んでいて、
私が特に面白いと思ったものがありました。
「写真を見ていない人に、
その写真の内容を言葉だけで伝える」
という練習です。
これ、語学の会話練習にも使えそう!と思いました。
たとえば、一枚の写真を見て、
「女の人がいます」
「カフェにいます」
ここまでは言える。
では、
どんな表情?
何をしている?
どんな雰囲気?
そして、自分は何を感じた?
そこまで掘り下げると、
同じ一枚の写真から出てくる言葉が、ぐっと増えていきます。
面白いのは、
増えているのは外国語の単語だけではないということ。
自分が何を見て、どこに注目し、
どう感じたのか。
その輪郭まで、少しずつはっきりしていきます。
外国語を勉強していると、
新しい単語を覚える。
文法を勉強する。
自然な表現を身につける。
どうしても「外国語を増やすこと」に意識が向きます。
もちろん、どれも大切です。
でも、この本を知って、
その一歩手前にある「言語化する力」にも
目を向けてみたいと思うようになりました。
ただ、ここで私が言いたいのは、
「まず日本語で考えて、それを外国語に訳せばいい」
ということではありません。
外国語を学んでいくその先には、
日本語に変換することなく、
その外国語のまま理解し、考え、話す
という段階があると思っています。
そこでは、
その言語が使われている国の文化や習慣、
人々のものの捉え方、
その言葉ならではのニュアンスも大切になってくる。
私も韓国語を学びながら、
目指しているのはそんなところです。
そして、そこへ向かうための土台にも、
今回の「言語化」がつながっているのではないかな、と。
もちろん、これは日本語を母国語として韓国語を学ぶ、
私自身の実感ではありますが。
そして、もうひとつ。
ここまで考えてみると、
そのさらに大元にあるものにも気づきます。
それは、
「伝えたい」
「受け取りたい」
という、とてもシンプルな気持ち。
自分が感じたことや考えたことを、
相手に伝えたい。
相手が言葉にしたことを、
その背景にある文化や感覚も含めて受け取りたい。
だから、言葉を探す。
だから、もっと知りたくなる。
外国語を学ぶことは、
新しい言葉を自分の中に増やしていくこと。
そして、
その言葉を通して、
自分とは違う誰かとつながっていくこと。
いつか、その外国語の中で感じ、考え、
もっと自由に「伝えたい」と「受け取りたい」を
行き来できるようになれたら。
そんなことを思っています ^ ^
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