こんにちは♪日本語講師のKayoです^ ^
今回のコラムは、いつもとは少し異なり日本語や日本文化について、ではなく
もっと人間にとって根源的(こんげんてき)なお話、もしくは哲学的(てつがくてき)な問い、かもしれません。
学びではありませんので、ゆったりリラックスしながらコーヒーやお茶を片手に、ご自身についても少し内側を感じてみると面白いかもしれませんね。
ぜひ息抜きがてら、哲学への扉を開いてみてください❤︎
これは、中国の宋(そう)の時代の思想家(しそうか)、荘子(そうし)の説話からの言葉です。
ある時、夢の中で自分が蝶(ちょう)となって花の上をひらひらと飛び回り、
とても楽しく自由に100年もの間過ごし、それはそれは天国だった。
だが突然目が覚め、先ほどまでのそれ-人間の自分が蝶になったこと-が夢であったのか、はたまた、今こうして蝶が人間となっている方が夢なのか、どちらが本当で、どちらが夢なのか分からない。
胡蝶の夢(こちょうのゆめ)
夢か現実かわからない、儚(はかな)さの例え、
人の世が儚いこと、人生が儚いことの例えともされています。
また、晩年(ばんねん)になって人生を振り返り、まるで夢のようだったと思う
「胡蝶の夢の100年目」という言葉から、
蝶を「夢見鳥」とも呼ぶそうな。
皆さんは、今自分がここにいる、と思っていて見ているもの感じているものは
果たして本当なのだろうか?
「自分」と思い込んでいる「自分」とは本当に実在するのだろか?
と感じたことはありますか?(*´꒳`*)
この「自分」という「わたし」は、いつも幸せと満足を求め続けています。
「哲学」とは、その「わたし」が求め続けた先に共通してある問いであり、
「何か小難(こむずか)しく理解し難(がた)いもの」ではなく、人が求める普遍的(ふへんてき)な問いだと、ここの「わたし」は感じています。
「ただ、幸せでありたい」という。
さ、ここまで来て、やっぱり日本語表現について書きたくなってしまうのです(笑)
この、「胡蝶の夢」に似た表現を2つ紹介します。
・夢か現(うつつ)か : 夢なのか現実なのか分からないようす
・白昼夢(はくちゅうむ): 日中、目が覚めた状態なのに、空想や想像を現実には起きているように感じること。幻想(げんそう)にふけること。
この単語を日常で使うことはあまり多くないと思いますが、私と同じようなことを自然に感じてしまう方は、きっと知っていると面白いかもしれませんね♪
ぜひ、レッスンで使ってみましょう♪♪
冒頭(ぼうとう)の画像にある花ですが、彼岸花(ひがんばな)といいます。
彼岸とはあの世-極楽浄土(ごくらくじょうど)-を意味し、お彼岸とはあの世とこの世が交差する頃、昼夜の長さが同じになる春分と秋分を中日とした前後3日を合わせた7日間のことをいいます。
お彼岸には多くの日本人は先祖の墓参りをします。
また、彼岸花はその秋の彼岸の頃に咲く花ですね。
彼岸の入は17日で、なんともうすぐですね♪
ここまで書いてきましたが、やはり言葉と文化・風習は全て深く繋(つな)がっているなとつくづく感じてしまいます。今回は、「胡蝶の夢」がメインだったのですが、彼岸についても書ききれないことがいっぱい(笑)
良かったらご自身で「彼岸」について調べてみてくださいね☆
自分が蝶なのか、蝶が自分なのか。
この根源的な問いに、今しばらく浸(ひた)ってみるのもたまにはいいかもしれません♪
では、また〜(^ ^)/
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