日本語教師の仕事は本当におもしろいです。
世界とつながる仕事をしたいと思っていた私は、大学に入ってから日本語教師という職業を知り、大学院を経て、韓国でキャリアをスタートさせました。
まったく経験がないところから、いきなりのグループレッスン。本当に緊張しながら教室に入ったことを、今でも覚えています。
「語学堂」と呼ばれた大学付属の語学学校では、高校生から社会人、年配の方までが1つの教室で一緒に勉強していました。インターネットでの情報共有がまだまだだった当時、日本の家族にドラマを録画してもらい、韓国まで送ってもらい、自分で文字化したものを使ったこともありました。私より人生経験の豊富な学生の皆さんの時間とお金を頂戴しているのだからと、とにかく準備をがんばりました。それでもそう簡単にはうまくはいかず。悔しい思いをしながら、夜更かししながら、教材分析と授業準備を進める日々でした。
その後大学の専任講師になりました。当時はインターネットはあったものの、語学学習のメインは学校でしたから、学生の熱意もあり、授業の1つ1つの説明に台本を作ったこともあります。
苦労は多いです。日本語ネイティブだから簡単に教えられるというものではありません。それでも、日本語を学ぶ人の人生の糧になればと続けてきました。
経験ももう20年以上になりました。途中、結婚・妊娠・出産・子育てによりキャリアの中断もありました。災害やコロナ禍で仕事が減ったこともありました。それでもこの仕事が好きです。そんな仕事への情熱とこれまでの経験を、これからの皆さんに活かしたいと思っています。
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