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Cafetalk Tutor's Column

lemonade 讲师的专栏

もし誰かに生まれ変われるとしたら?ーまた私に生まれ変わりたいです。

周间主题: If you could be born again, what would you want to be?

2021年5月14日


「もし生まれ変われるとしたら何に生まれ変わりたいですか?」

この今週のお題を見て、私は心の中で「また自分に生まれ変わりたい」と即答しました。

私の人生の幾つかの岐路において「もし今の選択と別の道を選んでいたら、今の私の人生はどうなっていたかしら」と、ふと考えをめぐらす時があります。

中学受験や高校受験、そして選択の仕方によっては後の人生の軌道が大方確定してしまう言っても過言ではない大学受験、それぞれの進路選択の際に「今の自分ならば、あの時選ばなかった方の道を選択していただろう」と思うことが度々あります。

私の両親は、家業を継ぐことを私に要請することは一度もありませんでした。
そして、私は家業を継ぎませんでした。
今から継ぐことは非常に困難ですが、可能性がゼロではないと言っておきます。

却って「自分のやりたいことをして生きたい場所で生きなさい」と子供の自主性を重んじて呉れました。
子供を「一人の人格」として尊重した一見理解ある態度を一貫して取ってきてくれました。

しかし、ここには大きな罠が潜んでいます。

大きな家業を考慮せず自らの力で自らの人生の選択を決めることは、もしかしたら15歳とか18歳の当時の私には、荷が重すぎたかもしれません。

両親特に父には、卒業した学園の校友会や職業ギルド的な組織に属していることで得られる、彼の人生においては自明のこととして存在する「質の良い友人やそのご家族との交流」や「同業者の人脈」があります。
父は恵まれすぎていて、その恩恵の有難みが分かっているのかどうか私にはわかりません。
そうした全てのアドヴァンテージー両親や親族の作り上げて来た様々な社会的評価や人脈、交友関係から完全に断絶されたところからー全くのゼロ地点から自分の世界を作り上げることが若い私には課せられました。

果たして私にとっても私の兄弟にとってもその教育方針が良かったかと問われれば「否」と答えます。
長い世代を経て積み重ねたレンガの塔を粗末にすることはしたくなかったと思っています。

フロンティア精神を課された私の学業的あるいは職業的世界の構築そして確立は、混迷を極めました。

私は家業を継がなかったと先述しましたが、今でもその選択は間違いだったと思っております。

「家業よりやりたい学問を選択して自分の職業を洗練されて行って欲しい」という両親の期待はつまり、
「何をやっても良いからすべてを自分で決めなさい」という最高難易度の人生を私に課したのです。
世の中には「医者にならなければ勘当する」などという狂気の沙汰のケッタイな親御さんもいらっしゃるようですが、その対極にある自由度100%の教育法も、ある意味ではケッタイです。

世の中には、勉強の得意なお父さんやお母さんがお子さんの勉強を見るご家庭が意外と多くあることを知り、驚いたことがあります。所謂高学歴インテリの父は一度たりとも私の勉強をみたことはありませんし、況や進路に口出しするなぞ一度もありません。母は「全てあなたに任せるから好きなことをしなさい」としかいいませんでした。あまりにも忙しすぎたのだと思います。そして私も、それを当然のことと思っていました。

この寛大で大人な態度には心から感謝したと同時に、心の奥底で私は大いに困惑していました。

結局、その自由は私の人生を「自我の確立」に膨大な時間を費やすコースに追い込んでしまいました。
若いころは「連綿と続く家業を継がなかったことと引き換えに、自分一代で独創的な職業世界を強く確立させなければいけない」と思い込んでいたふしがありました。

人は人間関係の織物の中に投げ込まれた時、初めて自分の個性や社会的役割或いは自身の才能や適性が、それらの織物の中からふと自然に浮かび上がって来るのだと思います。受け継がれてきた職業や交友関係から断絶されたところから自己を規定していく作業は、孤立と孤高をさまよう様な精神状態を私に生ぜしめました。「人は死ぬときは一人なのだから一人で生きていくことが正しい」ことだという両親の人生哲学は「人は一人では生きていけない」「ひとは人の間でのみ生かし生かされる」というつながりの哲学の対極にあるものでした。

年齢を重ねて、今、私がしみじみと思うのは「もう一度生まれ変わったら必ず家業を継ぐ人生を選びその人生を全うする」ということです。私はそもそも人のために働く家業の職業が大好きだったのです。
人生の方向性があらかじめ決まっている方が楽だからではありません。
自由の希求と言うのは、何かの規範があってこそ初めて生じる心の要請なのです。
カウンターがなかった私には猫に小判でした。
両親は、常に身動きが取れない程に多忙を極める家業の重責から逃れて自由になりたかった、その願望を
私に仮託したのかもしれません。また自分たちのようなストレスフルな人生を、子供たちには選択させたくないとも考えていたのかも知れません。どちらにしても親心だと思います。

もし、あなたがある意味で自由な環境ー例えば企業や病院、何代も続く酒蔵あるいは旧家を引き継ぐ必要のない自由な境遇に生まれたならば、或いは次男・次女など後継者になる必要のない立場に生まれたのならば、私の両親のような「究極の自由を子に許すことや自由に生きることを子に期待すること」は、子供の人生を大きく飛躍させる理想的な教育法の可能性があります。特に、自立心旺盛なお子さんならば、様々な分野で才能を伸ばして生きたい人生を生きられるようになるでしょう。

私はそうしたコースを生きる性分ではなく、一見自由意思を尊重していないかに見える「家を継承する」という人生を送ることが自分の感覚にしっくり来ますし、また、それが私にとっては最も腑に落ちる人生だったのだと思います。

今週のブログテーマを見てから「置かれた場所で咲く」ということの真意について、私なりに考えを巡らしています。

ー誤解を招く恐れがあるので付け加えて置きます。

私は両親には感謝こそすれ文句は全くありません。ただ、私の個性は、親の想定よりも、もっと何かこう「家業と言う型にはまった人生」の方が、力を発揮しやすいタイプだったのだということだと思います。


皆さんは生まれかわるとしたら、誰に、何に、生まれ変わりたいですか?



lemonade,

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