前の格助詞が「を」か「に」か見分ける方法 ~心理動詞の意味と格助詞の関係~

Naoko.S

 日本語の格助詞は「が、を、に、で、へ、と、から、より」など、たくさんの種類があり、また一つの格助詞が複数の用法を持っているため、日本語学習者は覚えるのに大変苦労します。特に学習者が間違いやすいのは、同じような意味の名詞に異なる格助詞が使われる時です。たとえば、「家の前自転車があります」と「家の前タクシーを止めます」のように、同じ「家の前」という名詞なのに「に」が付く場合と「で」が付く場合があるのは学習者には難しく感じられます。「前」という名詞には「に」しか付かないというなら簡単ですが、後に来る動詞の意味によって「に」を付けるか「で」を付けるかを変えなければならないので間違えやすいのです。

 同じような問題が人間の感情や精神状態を表す動詞にも見られます。(1)も(2)も心理的な意味を表す動詞が述語に使われていますが、(1)の例はすべて格助詞「を」が使われ、(2)の例では格助詞「に」が使われます。

(1)  a.良子はアメリカでの留学生活を楽しんでいる。

b.道子は容姿も良くて裕福な雅子を羨んだ。

c.私はあの時の決断を悔やんでいる。

(2)  a.太郎は和夫の失礼な態度に呆れた。

b.物価高で国民は生活に苦しんでいる。

c.学生たちが進路に悩んでいる。

 

どちらの格助詞を使うべきかは動詞によって決まっていて、「留学生活/読書/会話・・・を楽しむ」のように、どんな名詞でも「楽しむ」はいつも「を」ですし、「×留学生活に楽しむ」と言うことはできません。同様に「呆れる」はいつも「に」で、「×失礼な態度を呆れる」とは言えません。

母語に日本語のような格助詞がない学習者にとってはどんな格助詞でも難しいと思われるかもしれませんが、動詞の意味タイプによって格助詞の間違えやすさが影響を受けることが先行研究で指摘されていて、特に心理的な意味を持つ動詞は難しいようです。

蘇・吉本(2006)で、格助詞の穴埋めテストを行い、動詞の意味タイプによって正答率を比較した結果、同じ「を」をとる動詞でも、動作・作用を表す動詞(「壊す」「切る」「買う」「捨てる」など)に比べて、感情を表す動詞(「愛する」「尊敬する」「我慢する」など)は習得しにくいことがわかっています。そしてさらに、「に」をとる動詞の中で心理的変化を表す動詞(「困る」「迷う」「悩む」など)が最も正答率が低かったことが報告されています。この傾向は学習者の母語に関わらず見られることも確認されており、人間の心理を表す動詞(以下、「心理動詞」と呼びます)はどの格助詞を使えばいいかわかりにくい動詞のタイプであると言えそうです。

しかも、心理動詞は数が多くて、個々の動詞と格助詞の組み合わせを丸暗記する方法では対策がしにくいと思います。浅山(1999)という論文に掲載されている心理動詞は80語ありますが、浅山(1999)は和語動詞だけを扱っているので、「心配する」「失望する」などの漢語動詞や「ほっとする」「がっかりする」などの擬態語起源の動詞も加えると膨大な数になります。

そこで、どんなタイプの動詞が「を」で、どんなタイプの動詞が「に」なのか、見分ける方法があるなら知りたいと思って、私は大学院生時代5年ぐらいかけて研究しましたが、残念ながら完璧な方法は見つかっていません。ただ、動詞の意味からある程度は予測できることがわかりました。

それは、避けようと思って避けられる心理を表す動詞は「を」、避けようと思っても避けられない心理を表す動詞は「に」を選択するという原則です。どういうことか。まず「困る」という心理変化がどのように起こるかをイメージしてみてください。「困る」が表す心理変化は、人間の方が「困らないようにしよう」と思って避けられるようなものではなく、「いたずら電話」とか「変な言いがかり」のような原因が発生すれば否応なく「困る」心理が発生するのではないでしょうか(もちろん個人によって程度差はあると思いますが、誰にとっても困るような原因を想定します)。一方で、「我慢する」という心理は「我慢しよう」とか「我慢しないようにしよう」と人間の方で避けたり受け入れたりできますよね。「焦る」「いらだつ」「照れる」「惚れる」などの心理変化は避けようと思っても避けにくいのに対して、「疑う」「憎む」「誇る」「楽しむ」などは避けようと思えば避けられますよね。前者は「に」をとる心理動詞で、後者は「を」をとる心理動詞です。どうでしょうか。もちろん100%これで分けられるというわけではないのですが、「に」をとる動詞と「を」をとる動詞のそれぞれの意味の特徴が大まかにつかめると思います。

  <参考文献>

   浅山佳郎(1999)「感情動詞の補足後の格と感情形容詞」『神奈川大学言語研究』第22号、pp.57-72.
小竹直子(2012)「『物音に驚く』が『*物音を驚く』ではない理由-心理動詞の意味と格助詞選択のール」『愛産大経営論叢』第15号、pp.45-58.
蘇雅玲・吉本啓(2006)「日本語学習者における格助詞「を」「に」の習得過程の研究」『東北大学高等教育開発推進センター紀要』第1号、pp.63-76.

专栏文章仅代表作者个人观点,不代表咖啡滔客的立场。

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