辞書の危険性:意味がわかっても使えない

Naoko.S

外国語学習に辞書は欠かせません。私も英語やその他の外国語を読んだり、書いたりする際には、Web上の辞書やGoogle翻訳などの自動翻訳サイトを利用させてもらっています。しかし、今日は日本語教師の立場から、辞書の情報だけを頼りにするのは危険だというお話をしたいと思います。

 

  危険性1:日本語とあなたの母語は11対応ではない

 日本語の一つの単語に対応する訳語があなたの母語に存在したとしても、常に11の対応ではないことに注意が必要です。

 たとえば、日本語の「着る」と英語の“wear”11で対応していると考えてしまうと、「帽子を着る」とか「ズボンを着る」「メガネを着る」という間違いが生じます。日本語では「帽子をかぶる」「ズボンをはく」「メガネをかける」のように身につける物によって動詞が変わりますが、英語ではすべてwearで表現できます。

 

  危険性2:同じ意味の複数の語がある

 速度が速いことを表す日本語の語は、「はやく」「急速に」「迅速に」など複数あり、それぞれの使い分けを知る必要があります。たとえば、「はやく歩く」のように動作を行うスピードを表す場合には「はやく」が使われ、「急速に増加する」のように変化のスピードを表す場合には「急速に」が使われやすいです。「はやく=quickly」「急速に=quickly」と辞書に書かれていても、これらが同じように使われるとは限りません。

 

  危険性3:日本語のコロケーションを覚える必要がある

また、コロケーションの問題があります。コロケーションというのは一緒に使われる語の組み合わせのことです。たとえば、「汗をかく」という目的語と動詞の組み合わせは固定されていて、「汗を出す」「汗をする」のように他の動詞には置き換えられません(特別な文脈で使われることはありますが)。「汗」という語の意味と「かく」という動詞を知っていても、組み合わせを覚えていないと正しく使えないわけです。

 

  危険性4:話し言葉と書き言葉の違いがある

 さらに、上級者になると話し言葉と書き言葉の違いにも注意する必要が出てきます。「書かなくちゃいけない」「行かなくちゃいけない」などの「~なくちゃいけない」は話し言葉に特有の表現です。また、「昨日は体調が悪くてできませんでした。なので、今日帰ってからやります」のように「なので」という言葉が話し言葉では接続詞のように使われています。話し言葉では許容されるかもしれませんが、書き言葉で使ってしまうと読み手は不適切な表現だと思うでしょう。さらに、書き言葉の中にもタイプがあって、メールの文章で使われる表現とレポートや論文で使われる表現は必ずしも同じではありません。それぞれの文体に合わせた表現を使い分けるのは日本語母語話者でも訓練を受けないとできません。

  危険性5:中国語話者にとっては漢語がやっかい

さらに、中国語話者にとっては同じ漢字の語が存在することがかえって間違いのもとになることがあるので、付け加えておきます。たとえば、「発展」「応用」「充実」「乾燥」などなど同じ漢字を組み合わせた熟語が日本語にも中国語にも存在します。中国語話者にとっては漢字を見れば意味がわかるので、日本語学習の助けになる場合もありますが、日本語として使う場合には、たとえば「発展する」は自動詞なのか他動詞なのか、「充実」は名詞なのか動詞なのか、「乾燥」は形容詞なのか、など日本語における使われ方について知っていないと適切に使うことはできません。
 

近年、Web上で利用できる辞書機能や自動翻訳の精度は非常に高まっていて、またネット上で無料で利用できますから、それらが外国語学習の大きな助けになっていることは間違いありませんが、やはりそれだけで適切に話したり書いたりできるわけではありません。多くの文章に触れて、一つ一つの語の使われ方に注意を向けることによって、だんだんと適切な使用につながっていきます。やはり語学に王道なしと言えるでしょう。

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