「早く上達したい」が遠回りだった。日本語教師の勉強で気づいた、学習の本質

MegF

こんにちは!

『早く上達したい』と思うほど、難しい教材に手を出してしまう。そんな経験はありませんか?

現在、私は日本語教師の国家資格取得を目指して勉強しています。

日本人の生徒に国語を教えるだけでなく、
日本語を学ぶ外国人にも、日本語や日本文化の魅力を伝えられる教師になりたい。
その思いで、毎日机に向かっています。

ところが、この資格の学習範囲は想像以上でした。

日本語文法はもちろん、
言語学、音声学、異文化理解、心理学、教育学など、
本当に幅広い分野を学ばなければなりません。

「目標に向かって勉強する」ということが、
これほど大変なのかと改めて実感しています。

一方で、その経験を通して、
生徒たちが日々感じている「勉強の難しさ」を
以前より深く理解できるようになりました。

「分からないことが続く苦しさ」
「終わりが見えない不安」
「頑張っているのに思うように伸びないもどかしさ」

自分自身が学習者になったことで、生徒たちの気持ちを改めて実感しています。

だからこそ、この経験を今後の指導に必ず生かしていきたいと思っています。


そんな学習の中で、特に印象に残ったのが、言語学者クラッシェンの「インプット仮説」です。

この仮説では、
人は現在の自分のレベルより少しだけ高い
「理解可能なインプット」を
大量に受けることで、
言語を自然に習得していく
と考えられています。

難しすぎても理解できず、簡単すぎても成長につながらない。

「少しだけ背伸びをしたレベル」が、
最も効率よく学べるという考え方です。

この理論を学んだとき、私は自分自身の英語学習を思い返しました。

私は何十年も英語を勉強してきましたが、
「早く上達したい」という気持ちが強すぎて、
自分のレベルよりかなり難しい教材ばかり選んでいました。

難しい英文を一つ読むだけで何十分もかかる。

分からない単語を調べ、文法を確認し、
それでも理解できずに何度も読み返す。

もちろん、その一文は理解できます。

しかし、それだけで時間が終わってしまい、
結果として英語に触れる量がなかなか増えませんでした。

今振り返ると、
「難しいものを理解すること」が目的になってしまい、
「英語にたくさん触れること」という
本来大切なことを見失っていたのだと思います。

クラッシェンのインプット仮説を知り、その理由がようやく腑に落ちました。

大切なのは、
無理をして難しい教材に挑戦することではなく、
自分に合ったレベルの教材で、たくさんの言葉に触れること。

適切なレベルの学習を積み重ねることこそが、
結局は一番の近道なのだと感じています。

これは言語学習だけではなく、
あらゆる学びに共通することなのかもしれません。

私自身、今回の学びを通して「教える立場」でありながら、
「学ぶ立場」の気持ちを改めて知ることができました。

この経験を忘れず、生徒一人ひとりの現在地に寄り添い、
その子にとって「少しだけ難しい」課題を一緒に乗り越えていける教師でありたいと思います。

資格取得まで、まだ道のりは続きます。

だからこそ、学ぶことを楽しみながら、一歩ずつ前へ進んでいきたいと思います。

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