学校では、
will = 未来
と習います。
もちろん、will が未来のことを話すときによく使われるのは確かです。
でも、実際の英語を見ていると、「未来」だけでは、どうも掴みきれないことがあります。
まず、二つの場面を見てみます。
玄関のチャイムが鳴りました。
“Someone’s at the door.”
“I’ll get it.”
「誰か来たよ」
「私が出るよ」
もう一つ。
初めての場所へ一人で向かうトムを、家族が心配しています。
“Do you think Tom will be okay?”
“Don’t worry. He’ll be fine.”
「トム、大丈夫だと思う?」
「心配しないで。大丈夫だよ」
学校文法では、I’ll get it. の will は「意志」、He’ll be fine. の will は「推測」と分けて説明することがあります。
主語も、場面も、ずいぶん違います。
でも、私が英語を使うとき、この二つの will が別のものに分かれている感じはありません。
では、同じ will が、なぜ日本語では「意志」と「推測」に分かれて見えるのでしょうか。
【まだ見えていない。でも、もう「種」はある】
チャイムを聞いて、I’ll get it. と言ったとき、I がドアへ向かう姿は、まだ表には現れていません。
けれど、するかもしれないし、しないかもしれないものとして、遠くに浮かんでいるわけでもありません。
話し手には、I という像の中に、get it という特徴の「種」が、すでにあるように見えています。
まだ表には現れていない。
でも、そのまま眠っているのではなく、そこから現れてくるものとして、I に備わっている。
私には、will がそんなふうに感じられます。
英語の動詞は、外にある動作につけた名前ではありません。
話し手が主語に見ている特徴が、動詞として言葉になります。
そして助動詞には、その特徴が、話し手にどのように備わって見えているのかが表れます。
I’ll get it. で、話し手が I に見ている特徴は get it です。
そして、そう見える根拠も、外の条件や規則ではなく、I 自身の中にあります。
だから日本語では、「私が出るよ」という、その場で生まれた意志に聞こえます。
will が、この文だけ特別に「意志」という意味へ変わったわけではないのだと思います。
【He’ll be fine. にも、同じ種がある】
では、He’ll be fine. はどうでしょう。
もちろん、トムが「大丈夫になろう」と決意している、という話ではありません。
話し手が見ているのは、トム、つまり he です。
そして、その he 自身の中に、fine という特徴の種があるように感じています。
fine は、まだ表には現れていない。
けれど、話し手には、それが he の中に、そこから現れてくるものとして備わっているように見えている。
だから、He’ll be fine. と言える。
日本語では、「きっと大丈夫」「大丈夫だよ」「大丈夫でしょう」などとなり、「推測」と呼ばれることがあります。
でも、I’ll get it. と別の will になったわけではありません。
どちらも、話し手が、まだ表に現れていない特徴の種を主語自身の中に見て、それがそこから現れてくるものとして捉えています。
主語や特徴が変わった結果、日本語では違う名前になりますが、will 自体が途中で別の意味に変わったわけではないのです。
【未来とは思いにくい will】
もう一つ、こんな場面があります。
必要な大きさの箱を探していましたが、ぴったりのものがありません。
そこで、相手が別の箱を見せます。
“How about this one?”
“That’ll do.”
「これはどう?」
「それで大丈夫です」
ここでの do は、「必要な役割を果たす」「間に合う」「十分である」に近い感触です。
話し手が捉えているのは、相手が見せた箱を指す that です。
そして、その that 自身の中に、必要な役割を果たすという特徴の種を見ています。
まだ、実際にその箱を使ったわけではありません。
でも話し手には、それが役割を果たす特徴が、that の中から表に現れてくるものとして見えている。
だから、That’ll do. となる。
ここで意識されているのは、遠い未来という時間より、that 自身に、その特徴がどのように備わって見えているのか、なのだと思います。
will を「未来」とだけ考えると見えにくい感触が、この短い表現にはよく現れています。
【根拠をどこに見ているのか】
助動詞を見るとき、「話し手の確信が強いか、弱いか」だけを考えると、見落としてしまうものがあります。
その感覚の根拠を、話し手がどこに見ているのか。
そこも、助動詞の感触に深く関わっています。
will では、その根拠が、主語自身の中にあります。
だから、
I’ll get it.
He’ll be fine.
That’ll do.
のすべてに、同じ will を感じることができます。
ほかの助動詞では、話し手が、外の状況や具体的な条件、規則、もっと大きな法則のようなものに根拠を感じていることもあります。
この違いについては、これからほかの助動詞を見る中で、少しずつ考えていきたいと思います。
【will が未来によく使われる理由】
主語の中には、すでに特徴の種がある。
けれど、その特徴は、まだ表には現れていない。
その特徴が表に現れるとすれば、多くの場合、それは「これから」の時間になります。
だから、will は未来のことを話すときに頻繁に使われます。
でも、will が「未来」という時間を文に付け足しているのではありません。
話し手が、まだ表に現れていない特徴を、主語自身の中に、そこから現れてくるものとして見ている。
その見え方を日本語で受け取ると、未来、意志、推測、判断など、いろいろな言葉になる。
そんな順番なのだと思います。
ただ、ここで、
will = 発芽前の種
と、新しい対応表を覚えたいわけではありません。
「未来」という日本語を「種」という比喩に置き換えただけなら、結局、していることは同じです。
この記事でできるのは、will を見るときの入口を、少し変えてみることまでです。
実際の英語の中で、話し手が主語に何を見ているのかを、一つずつ感じてみる。
I’ll get it.
He’ll be fine.
That’ll do.
同じ will が、違う主語や場面の中で、どんなふうに響くのかを何度も眺めていく。
そうするうちに、説明として知っていたものが、自分の感覚として少しずつ育っていきます。
will を見たとき、
「これは意志だろうか、推測だろうか」
と分類する前に、
話し手は、主語の中に、どんな特徴の種を見ているのか。
その特徴は、まだ見えていないのに、なぜ「現れてくるもの」として感じられるのか。
そんなふうに眺めてみる。
すると、それまで別々に覚えていた will が、少しずつ一つの感触としてつながってくるかもしれません。
次回は、would について考えてみたいと思います。
would は、本当に、ただの「will の過去形」なのでしょうか。
【前回の「英語のOSを整える」】
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プロフィール
英語講師のNaoです。日本育ちのまま英語を習得し、TOEIC990点取得(複数回)。20年以上、たくさんの学習者を見ながら、「なぜ話せないのか」「何が効くのか」を観察し続けてきました。そのなかでたどり着いたのが、処理構造そのものを整えるというアプローチです。英語を自立して吸収できる土台が整うと、英語は、先生がいなくても育ち続けるものになっていく。レッスンでは、そんな土台づくりを一緒にしています。
このテーマについて、少しずつ続きを書いていく予定です。
日本語コラムと合わせて、
英語での発信もゆっくりと増やしています。
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