日本語・韓国語講師の Hayoung_Eikoです ^ ^
先日、韓国語のある表現を日本語にしながら、
ちょっと面白いやり取りになりました。
きっかけになったのは、「놀리다」 という単語。
「놀리다って、日本語なら何が自然だろう?」
「馬鹿にしてるのか?」
「おちょくってるのか?」
「ふざけてるのか?」
あれこれ考えているうちに、
「いい加減にしろよ」
「たいがいにしろよ」
なんて表現まで出てきました(笑)
놀리다 といえば、まず思い浮かぶ日本語は「からかう」。
たとえば、
친구를 놀리다
友達をからかう
これは、とてもわかりやすいですよね。
でも、実際の会話の中に入ると、
「からかう」だけでは少ししっくりこないことがあります。
たとえば、
나 놀리는 거야?
辞書の意味をもとにすれば、
「私をからかってるの?」
と訳せます。
でも、その人が笑いながら言っているのか、
本気でムッとしているのか。
相手とどれくらい親しいのか。
何をされて、そう言ったのか。
そうした違いまで考えていくと、
冒頭のようにいくつもの日本語が浮かんできます。
さらに、
그만 좀 놀려!
も、
「もう、からかわないで!」
と訳せますが、相手が何度もしつこく茶化している場面なら、
「もう、やめてよ!」
「いい加減にしてよ!」
のほうが、その場の空気には合うかもしれません。
もちろん、놀리다 に「いい加減にする」
という意味があるわけではありません。
ここが、今回私が面白いなと思ったところです。
同じ 놀리다 なのに、日本語にしようとすると、
相手が何をしているのかだけではなく、
それを話し手がどう受け取っているのかまで
見えてくるんですよね。
そして、もう一つ気づいたことがあります。
日本語の訳がいくつも出てくるからといって、
必ずしも韓国語の単語そのものに、
まったく別の意味がいくつもあるとは限らないということ。
韓国語では一つの言葉で表しているものを、
日本語ではその場面や感情に合わせて、
違う言葉で表すことがあります。
そう考えると、
「この韓国語は、日本語で何と言う?」
だけではなく、
「この場面なら、日本語では何と言う?」
と考えてみるのも面白いですよね。
辞書で意味を知ることは、もちろん大切。
でも、そこに実際の会話が加わると、
一つの訳だけを見ていたときには気づかなかったものが
見えてくることがあります。
言葉そのものだけではなく、
その人の気持ちや、相手との距離まで。
次に 놀리다 に出会ったときは、
きっと今までより少しだけ、
その前後の会話まで気になってしまいそうです ^ ^
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