朝、窓を開けてみれば、
サビついたガードレールには雪が積もっている。
行き交う車のタイヤの音が重さを増して感じられる。
お正月気分も覚めやらぬ中、
凍てつくような雪模様。
”北陸の冬空の色は鉛色”とよく言われる。
9時ごろにはスーパーマーケットへ行きたいのだけれど、
その頃には、晴れ空は見えるのだろうか。
今朝は坂本龍一『Playing the Piano』を聴きながら、
この文章を書いている。
朝は必ず空気清浄機を回す。
新しく生まれる空気の音と、
スピーカーから伝うピアノの澄んだ音が混ざり合う。
異素材が混ざり合い、これも『async』な感覚なのか。
ああ、朝だと思う。
日常の記録として
早朝執筆/夜 19:20 CafeTalkコラム 投稿
Snow and Lead-colored sky
このコラムは早朝に書いて、
夜に投稿しています。
2024年の交通事故に遭う前は右足も頑丈だった。
散歩中、または買い物へ向かう途中で、
よく駐車場などで雪にハマっている車を見かけて、
後ろからぐいと押して雪沼から脱出するための手助けをした。
無意識に”雪にハマっている車はないか?”
と探しているような自分がいて、
その考えは良くないぞと
心の中で自分の心を叱咤したこともあった。
手術をしたあとは車の運転はしていない。
あれから、ねばならないという感覚をずいぶん多く手放した。
”北陸(車社会)だから車を所有していなければならない。”
”大人は持ち家に住んでいなければならない。”
”社会人であれば結婚をしていなければならない。”
”作詞家であればこのような暮らしでなければならない。”
”身体は五体満足でなければならない。”
だからどうだというのだ、という気持ちが今の私にはある。
それならそれでという考え方で生きていこうと決めている。
上を探せばキリがない。
下を覗いてもキリがない。
”これでいいのだ”なんて名セリフがあるように、
人の一生。自分の生きている道に満足できるかどうか。
私の年齢であれば持っているはずのもの。
できているはずのこと。
あるべきといわれるような姿からは、
ずいぶん離れている自分ではあるけれど、
こんな冬の寒さの中で飲む温かな飲み物。
人との会話の中で見せ合える笑顔。
なんとか暮らしを回せるだけの経済。
十分じゃないかと思う。
まだ正月気分が抜けきらない中で、
それでもゆっくりと2026年は始まって、
これからの日々で、
できることはたくさんある。
人生の静かに力強い旅路。
足元のわるさ、空の天気なんて気にしないで、
それならそれでと、心は笑顔でいたい。
”笑う門には福来る”
昔の人は、良い言葉をたくさん残したなあと思う。
一人で笑っていると、ちょっと変な人だけど、
一人でいる時も、笑っているような人生がいい。
泣いて笑って、少し拗ねて、
また人生に感謝して、
今年も出会う人々、
皆が笑顔で心ふれあえるような、
健やかな一年であるといいなと思う。
と、書いていたら、
窓にやわらかな光がさしてきました。
今日も良い日になるのでしょう。
明日も明後日も、
どんなことにも、それならそれで、
結局、良い日。
そういう気持ちで生きていきたい。
詩人・作詞家
阿閉真琴
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