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Cafetalk Tutor's Column

Toria 講師のコラム

ギリギリワーホリ~カナダへの道⑦

2022年10月25日

夢や希望~カナダへの道③
過去は変えられねえ!~カナダへの道④
何かの足しに日本語教師~カナダへの道⑤
揺らぐ牙城~カナダへの道⑥

「ギリホリ」ってご存じ?(・∀・)??

カナダの場合、ワーキングホリデーの申請出来る年齢上限は30歳。
そのギリギリのところで、ワーキングホリデーでカナダに渡ることを
”ギリホリ”というのです。

厳密にいえば、31歳の誕生日を迎えるまでに申請可能なんだけれど
たいてい、三十路を前に申請をしようか!と焦る人が多い!

かく言うわたしも、そうだった…。

6月の終わり
カナダ出張から帰国したわたしは
大急ぎで、カナダ・ワーキングホリデープログラムの申請をする事にした。
締め切り日までは、あと数日。
いろんな意味で、ギリギリであったものの
何とか期日までに書類を出した。

しかし、その事は家族のだれにも相談していない。

まだ、申請が通るかもわからない。
それに、言ったら…
母に言ったら…
絶対に、反対をされると思うと言えなかった。

出張から帰国した後の、仕事の状況は厳しかった。
会社のバックの銀行の状況が、日に日に悪化していき
それに伴い、商品の買付や販売に
より一層、プレッシャーが掛かるようになった。
上司からの言動も厳しいものが多くなり
ストレスが溜まる一方。

それまで
総合職になるため…とか
海外出張に出られるよう、買付も販売も頑張る…とか
自分なりの仕事をする上での、モチベーションを保つ材料があった。 
 
それが今は、何もなく
会社の状況は悪くなる一方。明るい未来など見えなかった。

気が付けば、同期で入社した女子社員は
わたしを含めて数名しか残っていない。
寿退社したり、転職したり…。

わたしは、一所懸命何かをやっていたようで
実は、何もやっていなかったのではないだろうか!?

そんな事を、つらつらと思う日々のなか
季節は秋を迎えようとしていた。

カナダ大使館から、1通の封書が届く。
それは、1999年度からのワーキングホリデービザの許可書。

ついに、夢の カナダへの切符を手にしたのだ。

嬉しかった!
でも、困ったのだ

(。•́︿•̀。)



家族に…
母に言わなければいけない。

わたしは意を決して、母に大使館からの通知を見せながら
言った!

「わたし、年末で会社辞めるから。
…で、カナダのワーキングホリデービザが1年降りたから
  カナダ行くから」

母は、憮然とした顔をした。
しかし、わたしがコソコソと
カナダ行きを画策していたのを、すべてわかっているようだった。

「あ! そう。
 でも、カナダ行ってどうするの?」

大真面目で、四角四面の母である。
単なるワーキングホリデーで
ちょっと遊んで働いて、海外体験などと
とても言える感じじゃなかった。

わたしは、宛などないが
これは、別にカナダに渡る理由を作らねばならぬ!と思いながら

「仕事先決めてから行くから!」と
大変な事を言ってしまった。

さてさて、ワーキングホリデーで就職先を決めて渡るなんて事が出来るのか!?
まだまだ、カナダへの道は遠い…


Shaun-Way Back Home (2018)

1989年~バブルの名残りがあった平成の始まりと共に社会へ出た”わたし”。

そして、1998年。
まさに時代が
自分を取り巻く環境が
転落していくように見えた。

この当時の”アラサー”は
今の時代よりも、微妙すぎる"崖っぷちな” お年頃。
ここからまだ大変なんだ。30手前の”わたし”~続きを読む

TORIA (o ̄∇ ̄)/

本コラムは、講師個人の立場で掲載されたものです。
コラムに記載されている意見は、講師個人のものであり、カフェトークを代表する見解ではありません。

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