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Cafetalk Tutor's Column

Keisuke.H 講師のコラム

僕は大学7年生! 6年生

2022年6月28日

僕は大学7年生! 4年生 頑張れ浦島太郎
僕は大学7年生! 5年生 浦島君の居場所

6年生になった。
学籍番号に入学年度が書いてあるため、やっぱり僕は浦島太郎だった。
学部での知り合いは少なかった。でも、孤独ではなかった。
講義の内容がわからないとき聞ける友達や教授がいた。
留年友達とは仲良くサイゼリヤでミラノ風ドリアを食べた。

サークルの会誌に6年生と書くのは嫌だったため、
サークルではずっと4年生の表示にした。
仲間はみんな事情を知っててイジってきたが、
遠慮して敬語使われるよりは遥かにマシだった。

6年前期。

3年生の講義を履修した。
難しかったけど留年友達に聞いたり3年生の後輩に聞いたりして単位を結構取ることができた。
夏休みも大学での集中講義を取って、蒸し暑い講義室で頑張った。

生物学実験でマウスの解剖をしたのが思い出深い。
始めは怖かったけどだんだん慣れてきた。
「これが心臓か。こんなに小さいんだな」
などと同じ班の友達と話していた。
一歩一歩卒業へと駒を進めた。

6年後期。

1・2年の実験レポートが進まず二歩下がる。
今年も卒業できないことが確定し、来年でできるか不安になる。
そんなときは残念会。
鐵道研究会の仲間と1週間に1回くらいのペースで飲み会をした。
「乾杯!」の掛け声の代わりに「残念!」
鉄道のマニアックな話やアニメ・ゲームの話などをして楽しんだ。

そんなサークルで浦島の乱を起こした。
会長があまりにも無責任で堪忍袋の緒が切れたのだ。
沸点が高い私でさえ怒る内容だった。
どうやら仲間は同じ思いだったらしく、盛大に怒られた会長は呆気なく引退した。
私は会長になるほど余裕がなかったので他の仲間が新会長になった。
今になって思うと旧会長の最後の抵抗だったのかもしれない。

旧会長は私が出るイベントには出なくなった。
それほど怖かったのだろう。
でも私は未だに根に持っていることがある。
それは後日談だが、東日本大震災でサークルの追いコンに行けなくなったときに、
旧会長がサークルの追いコンをしたことだ。マジ許すまじ。

6年生から7年生に繰り上がる3月。
ついにレポートのことで教授から呼び出された。

僕は大学7年生! 7年生に進む。

本コラムは、講師個人の立場で掲載されたものです。
コラムに記載されている意見は、講師個人のものであり、カフェトークを代表する見解ではありません。

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