「私の足は踏まれた」が変な日本語である理由

Naoko.S

 日本語では、「先生にほめられた」「プレゼントをあげたら、喜ばれた」「雨に降られて、大変だった」など、「られる」を使う受身文が非常に頻繁に使われます。日本語教育でも早い段階で日本語の受身文が指導項目に入ってきます。しかし、なかなか適切に使うのが難しく、日本語学習者が使う受身文の中にはしばしば不自然に感じられる使い方が見られます。

 次の例1は私の作例ですが、受身文を使ってその日の嫌な出来事を述べている文にしては
どこか不自然さを感じませんか。

(例1)  今日は散々な一日だったよ。電車で私の足は踏まれるし、後輩に私のデータは

消されるし。

 「私の足は」の「は」がおかしいんじゃないか、「が」に変えたら、自然に
なるのでは?と思われますでしょうか。「私の足が踏まれるし、後輩に私のデータが
消されるし」少し良くなった気もしますが、やはりしっくりこないように思います。

(例2)    今日は散々な一日だったよ。(私は)電車で足を踏まれるし、後輩にデータを消されるし。

 例2のように、「私の足」「私のデータ」の「私」を主語にして、「私は足を踏まれた」「私は後輩にデータを消された」とすると私に起こった散々な出来事を述べる文として自然に感じられます。では、この違いはどこから来るのでしょうか。

 「私は足を踏まれた」と「私の足は踏まれた」、どちらも「踏まれた」という受身形の動詞が使われていますが、受身文の種類が異なるのです。受身文は「直接受身文」と「間接受身文」の2つに分けられるのですが、「私の足は踏まれた」は「直接受身文」で、「私は足を踏まれた」は「間接受身文」となります。では、なぜこの場合、間接受身文を使ったほうが自然な日本語になるのか、そもそも間接受身文とは何か、解説していきます。

 

 まず、直接受身文と間接受身文の違いについて見ていきます。直接受身文とは、能動文における目的語が受身文の主語になるタイプの受身文です。それに対して、間接受身文はそのような対応が存在せず、能動文で述べようとすると「私の財布を」など持ち物が目的語に出てきたり、そもそも目的語が存在しなかったりします。

 〈直接受身文〉

 能動文:  兄が 弟を しかった。

 受身文:  弟が 兄に しかられた。

 〈間接受身文〉

 能動文: 泥棒が 私の財布を 盗んだ。

 受身文: 私は 泥棒に 財布を 盗まれた。

 能動文: 隣の人が 一晩中 騒いで、 勉強できなかった。

 受身文: 私は 隣の人に 一晩中 騒がれて、 勉強できなかった。

 

 では、なぜ冒頭の例1で、直接受身文を使うと不自然で間接受身文を使うと自然になるのかと言えば、主語を「私」に統一して述べたほうが日本語らしいからです。「私の足」や「私のデータ」を主語にするよりも、「私」を主語にして、私に起こった散々な出来事を「~し、~し」を用いて列挙したほうがずっと自然です。さらには、私の散々な一日について話すという談話(話のまとまり)の中での主題は「私」であって、「私の足」にはなりません。したがって、「私の足は」と「は」をつけるとさらにおかしくなるのです。

 しかし、英語や中国語など間接受身文が存在しない言語もあるため、そのような言語を母語とする学習者には「私の足は踏まれた」という文がなぜ不自然で、なぜ「私は足を踏まれた」の形にしなければならないのか、理解しにくい人たちもいます。

日本語教育能力検定試験にも受身文に関連する問題がよく出題されますが、「直接受身文」と「間接受身文」という分類があると知っていても、その知識がどのように日本語指導に活かされるのかがイメージできず、単なる暗記で終わってしまう人もいるでしょう。

 

〈日本語教育能力検定試験〉「直接受身文」の例として最も適当なものを一つ選べ。

1.   友人に無理な仕事を頼まれて、しぶしぶ引き受けた。

2.   同僚の鈴木さんに会社を辞められて、毎日忙しくなった。

3.   5歳下の後輩に先に昇進されて、落胆した。

4.   映画館で隣の観客に騒がれて、迷惑だった。

          令和4年度日本語教育能力検定試験 試験-問題3(2)より引用

 

 

(ちなみに上の問題の答えは、1です。「私は友人に無理な仕事を頼まれた」という文だけ「友人は私に無理な仕事を頼んだ」という能動文に対応していますが、24は対応する能動文がありません。)

本コラムは、講師個人の立場で掲載されたものです。
コラムに記載されている意見は、講師個人のものであり、カフェトークを代表する見解ではありません。

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