「古文の単語も文法も覚えたはずなのに、長文を読むと誰が誰に何をしているのか分からなくなる」 「いつの間にか登場人物が入れ替わっていて、ストーリーが迷子になる」
古文の試験、特に『源氏物語』や『枕草子』といった物語・随筆を攻略する上で、受験生がぶつかる最大の壁が**「主語の省略」**です。古文は、現代語や英語に比べて主語が書かれないことが圧倒的に多く、一文の中に複数の人物の動作が混在することも珍しくありません。
しかし、当時の読者が迷わずに読めていたのには理由があります。古文には、主語を特定するための「決まったルール」と「物語の型」が存在するからです。
この記事では、単なる感性に頼らず、文法知識とストーリーの展開から論理的に主語を導き出すための「徹底推測メソッド」を解説します。
1. なぜ古文は主語を隠すのか?
推測法を学ぶ前に、まず「なぜ省略されるのか」を知っておきましょう。
古文の世界、特に平安文学は、極めて狭い貴族社会(サロン)の中で共有されるものでした。「この状況なら、こう動くのはあの人しかいない」という共通認識があるため、わざわざ名前を書くことは野暮であり、むしろ省略することが美学でもあったのです。
私たちが主語を特定するためには、当時の人々が持っていた**「文法の公式」と「物語の文脈」**という2つのレンズを使い分ける必要があります。
2. 【文法の公式】一瞬で主語の交代を見抜く「接続助詞」
最も機械的かつ強力な武器が、接続助詞による判定です。これを知っているだけで、読解スピードは劇的に上がります。
① 「を・に・が・ど・ば」の法則
文中にこれらの接続助詞が出てきたら、**「主語が変わるサイン」**だと疑いましょう。
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例: 「男、女に文を書きに(接続助詞)、いとつれなくて……」 この「に」の前後で、主語が「男」から「女」に切り替わっている可能性が高いのです。
② 「て・で・つつ」の法則
逆に、これらの助詞で繋がっている間は、**「主語は変わらない」**のが原則です。
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例: 「姫君、いと悲しくて(接続助詞)、泣き伏して(接続助詞)、まどろみ給ふ。」 「悲しむ」「泣く」「寝る」という一連の動作の主語は、すべて「姫君」のまま継続しています。
3. 【敬語の公式】身分の上下から「誰」を特定する
古文読解において、敬語は単なる礼儀ではなく、**「主語を指し示すレーダー」**です。
① 「給ふ(たまふ)」があれば「高貴な人」
動作の後に尊敬の補助動詞「給ふ」がついている場合、その動作の主語は身分の高い人物(帝、中宮、貴公子など)です。逆に、ついていなければ侍女や家来、あるいは作者自身の動作であると判断できます。
② 「奉る(たてまつる)」の視点
謙譲語である「奉る(差し上げる)」が使われている場合、その動作の**「向かう先」**に身分の高い人がいます。
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「(侍女が)中宮に薬を奉る」 この場合、動作主は侍女、受け取り手は中宮となります。敬語の種類を見極めることで、名前がなくても「誰が誰に対して」動いているのかが鮮やかに浮き上がります。
4. 【物語の型】展開から主語を絞り込むテクニック
文法だけでは判別しきれない場合、物語の「黄金パターン」を当てはめます。
① 「対話」のキャッチボールを読む
古文の会話文には、発言者の名前がほとんど書かれません。しかし、和歌のやり取りや手紙の往復は、基本的に**「A→B、B→A」の交互**で行われます。 直前の発言者がAであれば、次の発言はB。この単純なリズムを意識するだけで、会話の迷子は防げます。
② 心理描写は「語り手」か「主人公」
「〜とおぼゆ(〜と思われる)」「〜と見ゆ(〜と見える)」といった内面的な描写や視覚的な感想は、その場の中心人物(視点人物)の心の声であることが多いです。
③ 「格助詞のの」の省略を見抜く
「[人名]+(の)+[連体形]」という形で、主語を表す「の」が省略されるパターンがあります。文中にいきなり人名が出てきて、その後に動作が続く場合、そこが主語の切り替わりポイントです。
5. 実戦トレーニング:主語特定のための3ステップ
過去問演習の際、以下の手順で読む癖をつけてください。
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動詞に「〇(マル)」をつける: まず動作をすべて抽出します。
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敬語の有無を確認する: その動作に尊敬語がついているかチェックし、人物をグループ分けします。
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接続助詞で区切る: 「を・に・が・ど・ば」にスラッシュを引き、主語が入れ替わる「継ぎ目」を特定します。
この作業を繰り返すと、脳内に登場人物の相関図が自然と描けるようになります。
6. 保護者の方へ:古文の成績は「論理的思考」で決まります
お子様が古文を「センスがないから読めない」と言っているなら、それは大きな誤解です。
保護者の方に知っていただきたいのは、古文は「語学」である以上に「論理パズル」であるということです。主語を推測する作業は、限られたヒントから正解を導き出す、極めて数学的なプロセスに似ています。
もしお子様が苦戦しているようなら、「単語の暗記」だけでなく、「誰が誰に敬意を払っているか(敬語)」という構造に注目するようアドバイスしてあげてください。一見遠回りに見えますが、この「構造を掴む力」こそが、大学入試という初見の文章を読み解く真の力になります。
7. まとめ:主語が見えれば、古文は「物語」として動き出す
古文の主語推測は、決して「勘」ではありません。
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接続助詞「を・に・が・ど・ば」で交代を察知する。
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尊敬語・謙譲語をヒントに、人物の身分と立ち位置を特定する。
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対話のリズムや物語の定石から、省略された主体を補う。
この「推測のルール」をマスターしたとき、今まで無味乾燥な記号の羅列に見えていた古文が、鮮やかな感情や駆け引きが渦巻く「生きた物語」へと変わります。暗号解読を楽しむような感覚で、古文読解の扉を開きましょう。
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