神社や権現社が建立されて信仰を集めた結果、地名として定着したことが由来です。
そのため、信仰が広まるにつれて八王子という地名は全国に分布していきました。
八王子神社を中心とした地域が八王子と呼ばれるようになったのは、
1569年に北条氏が送った書状が最初だそうです。
1590年に八王子城が落城し、八王子は徳川家のものとなりました。
徳川幕府に使えていた大久保長安は甲州街道を整備し、街道沿いに八王子町を作り住民を移動。
何町にも連なる大きな宿場町を完成させました。この宿場町が「八王子十五宿」。
八王子市は戦時の大空襲により、市街の80%が焼け野原となりました。
が、現在は自然がいっぱいで住みやすい都市となりました。
1983年に人口40万人を突破した八王子市は、都心部から約40km圏内。今はなんと57万都市!
アクセスの良さや地理的な優位性を活かし、大学や高専などの学術機関が建設されるように。
2018年現在は周辺部も含め、23の大学・短期大学・高専ができ、
全国でも規模の大きい学園都市が形成されています。我が家の近くには「創価大学」があります(^^)
そして
八王子の加住丘陵にひっそりとたたずむ戦国の城が「滝山城」。
今も当時の貴重な遺構を数多く残す名城です。
滝山城が天下に名を轟かせたのは群雄割拠の戦国時代。
このころ、北条氏照、武田信玄、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康といった名のある武将や、
太田道灌、長尾景春、古河公方などの歴史の影の立役者たちが
覇権をめぐって争いを繰り広げていた。
その中にあって滝山城は、
かの武田信玄をもってしても落とすことができない堅牢強固な山城だったんです!!!
という事で
八王子には、他にも有名なお城があります。滝山城址は、私の散歩場所の一つ(笑)
東京都に来たときは、ちょっと都内の喧騒から離れてお越しくださいませ(*^^*)
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