回り道をした人々 ー P.H. 教授の話(1)

Urashima Taro


まだドイツが東西に分断されていた頃のことです。



出会い

駆け出しの研究者であった私は、西ドイツで開催された、あるシンポジウムに参加しました。


そしてこのとき、後に「奇跡の人」と言われるようになった、P.H.氏と知り合うことになりました。



当時私は、大学院を修了して5年程度を経た研究員でした。そして2歳年上の彼は、まだ大学院の学生でした。

素朴な職人のような印象の人で、博士論文の提出にまだ少し時間を要する、と言っていましたが、私のやっている研究に関連する注目すべき実験結果を発表しており、私達は互いの研究に興味を抱いて、研究発表を終えてから休憩室でディスカッションの時間を持ちました。

これが、私達の
長年にわたる交流の始まりです。


Pの生まれた村


互いにファースト・ネームで呼び合う間柄になりましたので、Pと書かせて頂きましょう。

Pと親交を結ぶようになってから数年後、私は彼の生まれ故郷である、南ドイツの美しい村を案内してもらう機会がありました。

その時、私たちは隣の村まで足を延ばし、小さな教会に立ち寄りました。古い教会という話でしたが、内装・外装は美しくリニューアルが施され、それからあまり年月が経っていないように見えました。

Pはこの教会を案内しながら、「ここの修復は、自分が手がけた」と話し、私に身の上話を打ち明けました。

話によると、彼は4人兄弟の末っ子で、彼の家は、村で代々の秀才一家として知られていたそうです。

飛び抜けて優秀だった上の3人の兄姉を教えた村の教師は、しかしPにだけは、大変に手こずりました。

絵ばかり描いている彼に、

  「君の兄さんや姉さんは素晴らしかったのに・・・

   どうして君だけ、こんなこともできないのか・・・」

と教師は嘆き、Pは自分でも絶望する日々を送っていたそうです。


最初の仕事


卒業と同時に、大工職人の見習いとして働き始めました。彼の行く末を案じた建築家の長兄が、探してくれた仕事です。

数年が過ぎてひととおりの仕事を覚え、最初の大きな仕事として教会の仕事を任される。

これを無事に成し遂げ、親方や仲間から一人前と認められる。

そして同級生だった女性と結婚し、ようやく安定した生活の目途が付いた。

・・・と感じたその時、


自分は生涯、この生活を送り続けるのだ、と気が付いた。


その感覚は恐ろしいものだった、と彼は語りました。

それは自分が生涯心を傾けられる仕事ではない、ということを始めて自覚した瞬間でした。

(第2回へ続く)
This column was published by the author in their personal capacity.
The opinions expressed in this column are the author's own and do not reflect the view of Cafetalk.

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