今週は新国立劇場でオペラ『カルメン』を見る機会がありました。
現代日本に舞台を移した新演出になっていたので、兵隊の代わりに日本の警察にいるホセが、ロマの代わりにクラブの悪い仲間と悪事に手を染める歌手カルメンに恋をする、という筋に変換されていて、ロケーションも実際にありそうなクラブやライブステージになっていたので、そこで描かれる恋模様やさまざまな舞台上での出来事が、オリジナルよりもずっと身近なものに感じられました。
純真で誠実なミカエラと、妖艶で激しい性格のカルメンという、対照的な性格の2人の女性の間で主人公のホセはゆれ動き、最終的には闇(カルメンのところ)に行って自分も悪事に手を染めるわけですが、聴いているとそうした2人の女性の対照的な性格や、ホセの心情の変化が、 楽器や書法の選択(オーケストレーション)、旋律や和声の性格、アーティキュレーションなどを通じて描き分けられていることに気がついたので、帰ってから楽譜を読んでみることにしました。
例えばカルメンや、伍長がミカエラを誘惑するようなシーンでは、半音階を使って怪しい雰囲気を作ったり、スタッカートや休符を使って鋭い音響を作ることで、緊張感を演出しています。
一方で誠実なミカエラの出てくるシーンや、ホセが故郷の母からの手紙に心打たれて改心しそうになる(…結局できないのですが)では、教会で歌われるコラールのような(ホセの母は信心深い)、線的な4声体書法、全音階的な旋律によって、誰もがその純真さを見守りたくなるような、温かい気持ちになるような工夫がなされています。楽譜からもその柔らかさが伝わってくるようです。
そしてカルメンがホセを誘惑するシーンでは、この鋭く怪しい書法と、線的で誠実な書法とが交互に現れてきます。刺々しいカルメンの中に潜むピュアな部分、それを見出して次第に魅入られていくホセの心情といった、複雑な心理描写を、効果的に表現しています。楽譜では前半と後半が対比的に描かれています。
こうした心情や物語の展開を伝える音楽的なサインがオペラの楽譜にはたくさん含まれていて、そうしたことが意識的にせよ無意識的にせよ感じ取られることで、私たちは舞台上の出来事と心を通わせることができます。これはもちろん分析しなくても、その多くは無意識の上で感じ取られることではありますが、こうして楽譜を読んでみると、客席にいた時には気が付かなかったサインがたくさんあることに気がつき、その凝縮されたサインの密度や、各曲の性格や音響の多様性などを確認でき、改めてこの作品が芸術的な名作であることを実感しました。あるいは演奏の上でも、こうした分析は重要な気づきを与えてくれることでしょう。
普段見る機会はそう多くないオペラですが、オーケストラの音楽と、 煌びやかな衣装や壮大な舞台美術、目一杯に表出される感情表現を暗闇の中で集中して体験することは、いつも強い印象をもたらします。 それは聴くものを陶酔させる美しい魔法のようです。
そしてコンサートで音楽を聴くことは、優れた作品の無限の深淵を覗くようで、 いつも音楽の探求への情熱を呼び起こしてくれますね。
一方で、演出が現代に場を移しているからこそ、音楽がいかにも19世紀的な、 ”遠い異国の昔の伝統音楽”であるということを実感するというか、 その様式的な古さが際立っているようにも感じられました。
現代の私たちが持っている記憶や価値観と、より一層通じ合う音楽様式は、どんなものでしょうか?
その視座はきっと、より新しい時代や同時代の、現在進行形で作られている音楽をさまざまに探検していくことで、深められていくのだろう、などと考えたりもしました。
新国立劇場に併設されているICCでのメディアアートの展示も面白かったのですが、
それはまたの機会にレポートしたいと思います。
先週は暖かかったのですが、昨日は雪が降っていました。
もう少し寒さが続くみたいなので、暖かくしてお過ごしください。
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