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失礼なメールはなぜ失礼? ~最終決定権を意識すれば失礼を回避できる~

Naoko.S

 ある留学生からもらったメールにちょっとカチンと来ました。

「明日、帰国することにしました。来週の授業に参加できなくなり、大変申し訳ございません」

 このようなメールだったのです。

 別に普通のメールでしょ。こんなことで怒るあなたは心が狭いんじゃないですか?

 そう思われたかもしれません。その点は否定できません。

 ただ、非母語話者が使う日本語表現に失礼さが伴うことがあるというのは、複数の研究で指摘されているので、表現上の問題で失礼さを生じてしまうことがあるのは確かだと思います。

 そこで、李(2004)の研究を引用しながら、失礼さを生み出す表現上の問題を私なりに整理してみたいと思います。特に、表面上は丁寧な表現を使っているのに意図せずに失礼な印象を与えてしまう現象に注目します。

 一般に日本語には「相手の私的領域に踏み込んではいけない」という原則があります。相手の私的領域とは、「欲求・意志・能力・感情・感覚など」です。

 (例1)×(あなたは)彼に会えて、うれしいです。→〇(あなたは)彼に会えて、うれしそうです。

 (例2)△(あなたは)明日大学に来るつもりですか?→〇(あなたは)明日大学に来ますか?

 (例3)△(あなたは)コーヒーを飲みたいですか?→〇コーヒーはいかがですか?

 (例4)△(時計屋さんに尋ねて)この時計、直せますか?→〇この時計、直りますか?

 例1は、相手の感情を他人である話者が直接言い切って表現している文でこれは日本語では文法的な誤りになります。そもそも日本語では「あなた」という人称代名詞を使う場面が限られており、相手を非難する場面で使われやすいのですが、この点を除いても、相手の感情を断定する表現自体が日本語では非文法的です。例2は、相手の意志を尋ねるものですが、詰問しているようで、失礼さを生じます。例3は、相手の希望を尋ねるもので、小さい子どもならともかく、敬意を示すべき相手には使えません。例4は、時計屋さんの能力を直接問う質問で、時計を修理する専門家に修理する能力を持っているかどうかを聞いているようで失礼さを感じます。

 このように日本語は相手の私的領域に対して制限が厳しい言語です。では、冒頭の留学生のメールは私的領域に踏み込むタブーを犯してしまったのでしょうか?「明日、国に帰ることにしました」というのは留学生自身の意志であり、相手の領域には踏み込んでいないように思われます。

 李(2004)は韓国人の日本語学習者80人に実験的にメールを作成させ、失礼になるのはどのような場合化を調査しています。その中で、以下のようなメールの文面が報告されています。

 (例5)先生、卒業生たちがぜひ先生とお会いしたいと言っているので、最後の日にレストランでパーティーを開く予定です。(李2004p.45

  この文の問題点は、自分の希望を相手に押し付けていることだと指摘されています。つまり、最後の日にパーティーを開くかどうかは、ゲストである先生が最終的な決定権を持つべきことであるのに、既に決定された事項のように伝えている点に問題があるということです。

 (例6)卒業生たちがぜひ先生とお会いしたいと言っているので、最後の日にレストランでパーティーをしたいのですが、いかがですか?(作例)

 例6のようにあくまで最終的な決定権を相手に与える表現を使うことで失礼さを回避できます。

 冒頭のメール文は、自分自身が国に帰国することを自分で決定したことを伝える場面ではありますが、授業期間中で来週の授業を欠席してまで帰国するという状況です。その学生にとっても実際にはやむを得ない事情があってその決断を下したのですが、その「やむを得ず」という意味がメールの文面に反映されていません。

 (例7)事情があり、急遽、帰国しなければならなくなりました。来週の授業に参加できなくなり、大変申し訳ございません。

 例7のように「~なければならなくなった」という表現を使うことで、(実際にそうかはともかく)自分の決定権の範囲外であるかのように表現すれば、相手に与える印象が変わります。

 今回指摘した失礼さは非母語話者だけに見られる問題ではないかもしれません。また決定権の所在にまで配慮しなければならない日本語は了見が狭いとも言われそうですが、文字によるコミュニケーションでは言語表現によって相手に与える印象が大きく変わることを知っておくことも大事だと思います。

 

【参考文献】

李 承禧(2004)「待遇表現における意思・希望表現韓国人日本語学習者の失礼な表現とそれを回避する方法」『早稲田大学日本語教育研究』第4号、pp.37-52.

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