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大好きな小説:4 「アウルクリーク橋の出来事」A・ビアス

Aya


 前回に引き続きビアスの最も有名な作品をば。初めて読んだ時の衝撃は忘れられません。作品の最後にガツン!とブン殴られる感覚を物理的に感じたもんです。
 ビアスは南北戦争に実際に従軍した、実はアメリカ文学史上唯一の作家です。戦地では地図将校を務めました。実際の戦闘に先行し、敵の視線をかいくぐって地形を測量し地図を作成するという任務をしていたのです。丘の稜線の向こうに何があるか、足を取られる沼地や溝は潜んでいないか、敵に見つからずに進軍できるルートはどこかなどの情報を探ってくるということですから、重要なポジションであることがわかります。
 彼の「地形の記憶」はかなり正確で、戦後に書いた作品には、こうした「地形」が及ぼす心理的影響などが非常にリアルに描かれています。さらには上官と部下との軋轢や、無能な上司への不満(命がけなので、今の日本のブラック企業よりも、さらにシビアです)、気を抜いたら一瞬で命が終わる緊張感、どれもリアルで迫力があります。 

 この「アウルクリーク橋の一事件」 (An Occurrence at Owl Creek Bridge  1890) も南北戦争を舞台とした作品です。アラバマ州北部の川にかかる、鉄道用の橋(当時はまだ木造)の上で話は始まります。主人公の男は絞首刑になるところです。合図があって板が外されればおしまい。
 男は30代の農園主、戦争に憧れをもち、民間人でありながら敵の妨害工作をしようとして捕まったのでした。農園には妻と子供2人を残してきているというのに、彼は今、ここでもうすぐ死ぬのです。
 処刑が実行されます。ところがどうしたことか、絞首刑のロープが切れ、彼は川に落ちます。死にもの狂いの逃走劇が始まって……。

 この作品は、人間が生きるか死ぬかの限界に直面した時の感覚を強烈に描き出しています。五感が研ぎ澄まされ、1秒が永遠にも感じられる中で、男は妻子の元へと必死で歩き続けます。
 映画というものができて、恐怖映画というものが作られた最初期、この作品はすでに映画化されています。( The Bridge 1929 ) パブリック・ドメインで見ることができますので、興味のある方は検索してみてくださいね。
 実際にこの作品を読んでみると、とにかくこの「感覚」の描き方がすさまじく、首に食い込むロープのざらつき、関節の痛み、水の中の呼吸の苦しさ、すべてが「痛い」。短編でよかった……こんな緊張感、ほんと無理。ただ、その必死さが愛する妻と我が子の元へ帰るためというのが泣けてきます。
 まぁ……民間人で愛する人がいるのに、憧れだけで戦争に首を突っ込むとロクなことにはならないということも、同時にひしひしと感じる物語ではあるのですが。
 長い作品ではないけれどナイフの一突きのように忘れられない棘を心臓に残していく作品、これもパブリックドメインで無料で読めますので、ぜひ。
An Occurrence at Owl Creek Bridge by Ambrose Bierce | Project Gutenberg

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