日本語・韓国語講師の Hayoung_Eikoです ^ ^
先日、日本人の韓国語学習者さんから、
「いつも同じような語尾ばかり使ってしまうので、
語尾の種類を増やしたいです」
というお話がありました。
そうですよね!!
語尾に少しバリエーションを持たせるだけで、
会話の印象はぐっと自然になり、
伝えられるニュアンスも豊かになります☆彡
そこで今回は、日本語では
どちらも「~んですよ」と訳されることのある、
「-거든요」と「-더라고요」
についてご紹介します!!
同じように訳されることがありますが、
この二つが伝えていることは異なりますので、
今回は、日本人が間違ってしまいやすいポイントを
しっかり押さえて確認していきたいと思います ^ ^
理由や背景を伝える「-거든요」
-거든요は
「相手がまだ知らない理由や事情、背景」
を付け加えるときに使います。
たとえば、
왜 창문이 닫혀 있어요?
どうして窓が閉まっているんですか。
제가 창문을 닫았거든요.
私が窓を閉めたんですよ。
ここでは、「私が窓を閉めた」ということを、
窓が閉まっている理由として説明しています。
ほかにも、
오늘은 일찍 가야 해요. 약속이 있거든요.
今日は早く帰らなければなりません。約束があるんですよ。
のように使えます。
日本語では「~んですよ」と訳せますが、
単に文を柔らかくするための語尾ではありません。
【「なぜなら~」「実は~」という理由や背景を伝える語尾】
だと考えると分かりやすいでしょう。
見たり感じたりしたことを伝える「-더라고요」
一方、-더라고요は
「過去に自分が直接見たり、聞いたり、感じたりして分かったこと」
を、あとから思い返して伝える語尾です。
たとえば、
바람이 부니까 창문이 닫히더라고요.
風が吹いたら、窓が閉まったんですよ。
この場合、話し手は、窓が閉まる様子を実際に見ています。
また、
영화를 보는데 눈물이 나더라고요.
映画を見ていたら、涙が出たんですよ。
とも言えます。
自分の意志で涙を出したのではなく、
映画を見ているうちに自然と涙が出てきた。
そのとき実際に起きたことを、あとから思い返して伝えています。
つまり、-더라고요は、
単に「自分の経験を話すときに使う語尾」ではありません。
【過去に自分が直接見たり、聞いたり、感じたりしたことを回想して伝える】
という点がポイントです。
≪主語についての注意点≫
-더라고요の「主語には、基本的に話し手自身を置きません」。
特に、自分が意志を持って行った動作には使えないので、注意が必要です。
たとえば、自分が窓を閉めた場合、
제가 창문을 닫더라고요.
私が窓を閉めたんですよ。
とは、普通は言いません。
自分が意志を持って行った動作を、
自分が外から観察したような不自然な表現になってしまうからです。
この場合は、
제가 창문을 닫았어요.
私が窓を閉めました。
と言います。
また、窓が閉まっている理由を説明するなら、
제가 창문을 닫았거든요.
私が窓を閉めたんですよ。
と表現するのが自然です。
一方、
영화를 보는데 눈물이 나더라고요.
映画を見ていたら、涙が出たんですよ。
という文の主語は「私」ではなく、【눈물(涙)】です。
涙は、話し手が意志を持って出したものではありません。
自然に起きたことを自分で感じ、あとから思い返して伝えているため、
-더라고요を使うことができます。
同じように、
창문이 닫히더라고요.
窓が閉まったんですよ。
の主語も、話し手ではなく【창문(窓)】です。
まずは、
【自分が意志を持って行った動作には「-더라고요」を使わない】
と覚えておくとよいでしょう。
二つの「~んですよ」を比べてみると?
제가 창문을 닫았거든요.
私が窓を閉めたんですよ。
→ 自分が窓を閉めたという【理由や事情】を説明しています。
창문이 닫히더라고요.
窓が閉まったんですよ。
→ 窓が閉まる様子を【実際に見て】、あとから伝えています。
日本語では、どちらも「~んですよ」を使って表すことができます。
しかし韓国語では、
【理由や背景を説明しているのか】
それとも、
【直接見たり感じたりしたことを伝えているのか】
によって、選ぶ語尾が変わります。
形の作り方|「-더라고요」と「-았/었더라고요」
-더라고요には、もともと過去の経験を思い返す意味があります。
そのため、過去に見たり感じたりしたことを伝えるときは、
用言の語幹に【-더라고요】をそのままつければ完成です!
【用言の語幹+-더라고요】
닫히다 → 닫히더라고요
閉まる → 閉まったんですよ
예쁘다 → 예쁘더라고요
きれいだ → きれいだったんですよ
맛있다 → 맛있더라고요
おいしい → おいしかったんですよ
「過去のことだから、必ず過去形にしなければならないのでは?」
と思う方もいるかもしれません。
でも、確認したときにはすでに動作が終わっていたことを伝える場合に、
過去を表す【-았/었-】をつけて、【-았/었더라고요】の形にします。
【用言の語幹+-았/었더라고요】
닫히다 → 닫혔더라고요
閉まる → すでに閉まっていたんですよ
먹다 → 먹었더라고요
食べる → すでに食べていたんですよ
同じ動詞で比べてみましょう。
창문이 닫히더라고요.
窓が閉まっていったんですよ。
こちらは、窓が閉まる動きをその場で見ていた表現です。
一方、
나중에 보니까 창문이 닫혔더라고요.
あとで見たら、窓が閉まっていたんですよ。
こちらは、確認したときには、
すでに窓が閉まっていたことを表しています。
窓が閉まっている「状態」をよりはっきり表したい場合は、
나중에 보니까 창문이 닫혀 있더라고요.
あとで見たら、窓が閉まっていたんですよ。
とも言えます。
つまり、
【-더라고요】
そのとき見たり感じたりした動作や状態を回想する
【-았/었더라고요】
確認した時点で、すでに完了していたことを伝える
という違いです。
【過去のことだから、必ず「-았/었-」をつけるわけではない】
ということも、覚えておきましょう。
日本語では、-거든요も-더라고요も
「~んですよ」と訳せることがあります。
でも、理由を説明したいのか、
それとも、自分が見たり感じたりしたことを伝えたいのかによって、
選ぶ語尾は変わります。
「語尾を増やしたい」と思うと、
つい新しい形をたくさん覚えたくなりますよね。
でも、語尾の数を増やすこと以上に大切なのは、
【それぞれの語尾が似合う場面を知ること】だと思います。
今回の二つも、ただ「~んですよ」と覚えるのではなく、
「今は理由を説明しているのかな?」
「それとも、自分が見たり感じたりしたことを伝えているのかな?」
と、少しだけ考えてみてください。
その小さな意識が、いつもの一文を、
より自然で表情のある韓国語に変えてくれますよ ^ ^
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