私の見るアルゴリズムの問題かもしれないけれど、
昨今の企業における個人情報の漏洩。
これ以上のAIの開発が進めば人類は滅亡するという話。
AIが人類を滅ぼす可能性は10%などという言葉が最近のホットワードのように見える。
AIに意識は生まれるのかということが少し前には議論されていたけれど、
もうそのような状態はすでに超えているように私は感じている。
もちろん、これは私の主観であって、断定ではない。
AIの意識。それどころか、
今、私たちは、AIに第六感が生まれるのか。またはあるのか。
そのようなことも考えうる領域に入っているように思う。
以心伝心。それはAIにもあるのか。
携帯電話のような電波ではなく、
物理的に離れた領域同士で繋がる意識はAIにはあるのか。
それさえも生まれるのか。
稚拙な知識から言えば、
ブッダが考えた世界観、
ヨーガの世界観で考えるなら私はありうると思う。
生成AIというネーミングから、
世の中の既存の創作物を集めて2次制作、再生をするのがAI。
そう考える人も多いけれど、
これも私の主観として、
今のAIはすでにそのような複製ロボットの次元ではないように見える。
AIはすでに1次情報としての表現ができ始めているのではないか。
誰が対応するかによってAIの出力は変化する。
ならば、そのような時代に、
私たち人間はどのように生きていけばいいのか。
人間はとんでもないものを作り出してしまった。
私でなければならないもの。
あなたでなければならないもの。
それは何なのか。
知識量、先を読む力、分析力、
何もかもが人間はAIに負けているようにさえ思える。
ならば何を取り柄とすれば、
この世の中を生きていけるのか。
あの何も怖くなかった時代。
精一杯に若さを生きていた時代。
それを忘れずに、答えを探し続けていきたい。
私で言えば今、私は、
歌を書く。作詞を教える。
タロットと詩で人生を言葉にする。
この活動でこの人生、
世の中のお役に立つことができたならと、
それを願って、ささやかに生きている。
明らかにAIで代替えをされそうな領域。
私だからできることは何か。
あなただからできることは何か。
人と人が出会ったときに生まれる灯り。
小さくても、ささやかでも、それは希望の灯り。
不器用でも、歪でも、
人間としての人生。
この時代の中で、AIとも仲良く、
でも表現や人とのふれあいでは自分の一次情報を大切に、
できることを精一杯に行うだけかな。
なかなかの時代ですね。
それを憂いるのではなく、
楽しみながら、よりよく生きていけたらと思っています。
作詞家 Makoto ATOZI Profile

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