フランス人も迷う丁寧語とタメ語

Kaoru77

フランス語には、日本語の「敬語」に少し似たものとして、「vous(あなた/敬称)」「tu(きみ)」の使い分けがあるのをご存じでしょうか。


英語では「you」一つで済みますが、フランス語では相手や場面に応じて使い分けます。


ところが、この使い分けが実にややこしいんです!


基本ルールはこうです。


「vous」:丁寧・改まった印象。初対面の人、仕事相手、目上の人などに使う


「tu」:親しい印象。友達や家族、子どもなどに使う


ここまでは簡単です。


問題は、この基本ルールにぴったり当てはまらない相手の場合。


例えば、


「犬の散歩で毎日のように顔を合わせる人は?」

「仲良くなった美容師さんは?」

「義母は?」

「習い事の先生は?」


そしてもう一つの難問があります。


それは、「vous」で始まった人間関係を、いつ「tu」に切り替えるのか、ということ。


実はこれは、フランス語学習者だけでなく、フランス人同士でもしょっちゅう迷う悩ましい問題なのです。




フランス人もよくやる“無言の探り合い”


例えば初対面。


A:「Bonjour, vous allez bien ?」  (こんにちは、お元気ですか?)

B:「Oui, merci. Et vous ?」(ええ、ありがとうございます。そちらは?)


この“vous(丁寧語のあなた)での会話”がしばらく続いた後、どちらかがこう言います:「On peut se tutoyer ?(「tu」でいい?)」


そう切り出すタイミングが一種の “関係の境界線” なのですが、そのタイミングに迷うのです。


どんな相手にも「you」で統一できる英語圏などの人々にはない感覚ですよね。



日本人の感覚とのズレ


この「空気」というか「距離感」の探り合いは、敬語とタメ語を使い分ける日本人の私たちには一見当たり前に感じるかもしれませんが、フランス人の意識する「距離感」と、私たち日本人が考える「丁寧さ」は違います。


そもそもフランス人も悩むほど繊細なこの問題。

私たち日本人にとっては、問題はさらに複雑です。なぜかというと、フランス人の「敬語(丁寧語)」と「タメ語」の境界が、日本人の感覚と大きくズレているのです。


たとえば、日本人であれば、義両親や上司、目上の人、顔見知りや近所の人などには、丁寧な言葉づかいで対応するのが自然ですが、フランス人は、これらの人たちにも「tu」を使うことが多くあって、むしろそちらの方が自然である場合が多いのです。


一方で、むやみに「tu」を使っていいわけではなく、相手との距離感を間違えると、微妙な空気が生まれてしまうこともあります。

その境界線の見えにくさといったら、なかなか厄介です。(笑) 



というわけで、tu / vous どっちを使う?迷いがちな「あるある人間関係」を一挙リストにしてみました。 



義母とのやり取り、どうする?



まず、結婚相手の母親、いわゆる義母との会話をどうするかという問題があります。

最初はもちろん「vous」からスタートするのが一般的です。これは距離感として自然で、失礼のない選択です。

しかし関係が少しずつ近づいてくると、どこかで「そろそろどうするべきか」という空気が生まれてきます。

義母の方から「Tu peux me tutoyer.(タメ語でいいわよ)」と言ってもらえれば分かりやすいのですが、必ずしもそうとは限りません。

あえてずっと「vous」のままの関係もあれば、お互いにきっかけがなく、そのまま時間だけが過ぎていくこともあります。

世代や価値観、社会的背景によって考え方も異なるため、多様な人々で構成されるフランス社会では、この切り替えのタイミングは家庭ごとにかなり違います。

結婚して同じ家族になったとしても、「距離感の基準」が一致するとは限らない――それがこの問題の難しさでもあります。




友達?知り合い?


友達や知り合いの間では、近年は以前よりもずっと気軽に「tu」で話す人が増えている印象があります。

ただし一方で、相手の社会的背景(医師、弁護士、政治家など)や世代、出身、あるいはその人自身の性格によって、感覚にはかなり個人差があります。

また、親しさを優先して早い段階で「tu」に移行する人もいれば、あえて距離感を保つために「vous」を使い続ける人もいます。

結局のところ、「tu」か「vous」かはルールで決まるというよりも、相手との距離感やお互いの意志が自然に重なり合って決まっていくものだと言えます。




友達の親にはどっち?



仲のいい友達の親との会話も、迷いやすいパターンのひとつです。

基本的には、友達本人には「tu」、友達の親には「vous」を使うのが一般的です。

しかし、小さいころから知っている友達の親の場合は少し事情が変わります。

相手の親は自分の子どもの友達に対して自然に「tu」で話しかけてくることも多く、また頻繁にその家に出入りしているような関係だと、親ともかなり親しくなっているケースがあります。

そのような場合、「どこまで距離を縮めていいのか」「ずっと vous のままでいいのか」と迷うのも、フランスではよくあることです。



職場では?


会社では基本的に、上司は部下に「tu」、部下は上司に「vous」という関係が一般的です。

ただし近年は、会社の社風や業界によってこの関係もかなり変化しています。

たとえばスタートアップやIT系の企業では、上司に対しても「tu」を使うケースが増えており、全体的にフラットな雰囲気の職場では、この傾向がより強くなります。

一方で、伝統的な業界やフォーマルな組織では、今でも「vous」が基本となることが多く、職場の文化によって使い分けは大きく異なります。

つまり職場でも、「役職」だけで決まるというより、その会社の空気や業界の文化に左右される部分が大きいと言えるでしょう。



犬の散歩でよく会う人はどうする?


犬の散歩で公園などに行くと、よく会うけれど名前は知らない、という人がいます。

日本であれば「ちょっとした顔見知り」として丁寧な言葉づかいで通すことが多いと思いますが、フランスでは、ある程度親しくなると自然に「tu」に移行する傾向があります。

ただ、すぐに「tu」で切り出すのにも勇気がいるため、どうしようかと考えながら、結局お天気の話や犬の話に終始してしまうことがあります。

そして気づけば、できるだけ“主語抜き”の短い会話だけで乗り切っている、ということも。(笑)それはそれで、なかなか頭を使うコミュニケーションです。


行きつけの美容師さん


定期的に通っていて、名前も知っている。そんな行きつけの美容師さんの場合はどうでしょうか。

美容さんはお客さんに対しては「vous」で話しかける(少なくとも最初は)が普通ですが、それをずっと通すのもフランスではよそよそしい感じがあります。

「tu」に変えるタイミングっていつ?実はこれもはっきりしたルールがあるわけではなく、ある日突然自然に切り替わっていたり、あるいは何年経っても「vous」のままだったり。日本なら、敬語か丁寧語で通せば済むシチュエーションがフランスではちょっとだけ複雑です....。



ママ友、パパ友(子供の学校関係で知り合う親同士)はどうでしょう?


子どもを通じて知り合い、定期的に顔を合わせる間柄は、日本でもよくありますよね。

学校では挨拶や軽い会話をするものの、プライベートで会うほどではない、いわゆるママ友・パパ友の関係です。

フランスでは、この場合も最初は「vous」から始まるのが一般的です。そして、少しでも打ち解けると、比較的早い段階で「tu」に移行することも。判断基準はほぼ“空気”です。

学校の雰囲気や地域性、相手の年齢、職業や社会的背景などによって、「tu」になる場合もあれば、ずっと「vous」のままのこともあります。

こうした点を見ると、日本の方が、ちょっとした知り合い程度であれば人によって態度を変えることなく、すべて丁寧語で通す、という方が平等な感じがしていいな、と感じるのですが、そう思うのは、私だけでしょうか。



語学学校・習い事の先生と生徒


日本ならば、習い事の先生には「敬語もしくは丁寧語」が当たり前ではないでしょうか?

でも、フランスでは、年齢・場の雰囲気・習い事の種類でかなり変わります。


・ 大人向け語学学校で一番多いのは、先生も生徒もお互い「 vous」


特に、大学が提供しているようなフォーマルな語学学校、ビジネスフランス語系のコースでは「 vous」が使われます。ただ、会話中心クラス、小規模なフレンドリーな学校だと、先生と生徒両方向が「tu」で話すことも多くあります。相手に距離を感じさせる「vous」より、親しみを込めた「tu」を好んで使う先生もいる一方、大学の提供しているような伝統的な学校では、「vous」で話すのが一般的です。


・ヨガ・ジム・ダンス教室などはどうでしょうか?


ヨガ・ジム系は最近はかなりカジュアル化していて、若いインストラクターだと最初から 生徒に対して「tu」も普通です。特に、小規模スタジオで雰囲気がカジュアルな場所では、先生と生徒双方が「tu」 という場合が一般的だと思います。


・クラシックダンス・音楽系の習い事など(伝統文化の残る分野)


クラシックバレエや音楽のような分野では、先生を尊敬・尊重する雰囲気が比較的強く残っています。そのため、生徒から先生には「vous」が使われることが一般的です。

逆に、先生から生徒へは「tu」が使われることが多いですが、年配の先生や伝統的な教育方針の先生の中には、生徒に対しても「vous」を使う人がいます。

特に音楽院(conservatoire)やクラシック音楽の世界では、先生と生徒が大人同士の場合、お互いに「vous」を使うケースも珍しくありません。



習い事の場での言葉づかいは、その場の文化や雰囲気の影響を強く受けます。

また、先生・生徒という「役割」だけで決まるものでもなく、お互いの「距離感」によって左右される部分も大きいのです。

そのため、フランス人同士でも、「え、この先生には tu でいいんだっけ?」と迷うことがあるのです。



いかがだったでしょうか?


その場の雰囲気や相手との距離感、さらには相手のオーラ(?)にまで左右される、フランス語の「vous」と「tu」の使い分け。


どんな人が、どんな相手に、どんな場面で、どのような言葉づかいをしているのかを観察していると、その人の価値観や相手への気持ち、さらには育ってきた環境まで垣間見えるような気がして、私はいつも、そんなことを考えながら、フランス人たちの会話に興味深く聞き耳を立てています。(笑)


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