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Tutor Teacher Asuka 's Column

あの日から、24年目の1.17。幸福の三条件とは?

Jan 17, 2019

あの日から、24年目。

こんにちは。Teacher Asuka です。今回は、震災に関する体験記をお届けします。

1995
117
に都市に未曽有の大災害をもたらした、あの阪神淡路大震災から今日、24年目を迎えた。多くの家屋の倒壊や火災の発生、ライフラインや交通機関が寸断されるという異常な大混乱のなか、自宅を被災したものの、私自身も家族も無傷で無事だったのは、奇跡としか言いようがなかった。

   あの日の出来事はいまだに鮮明に覚えている。遠くで煙が立っているのに、近くで建物が倒壊しているのに、何分待っても、何時間待っても、救急車も、警察も、消防もまるで音沙汰がない。交通信号が、全く作動しない中、ドライバーたちが互いに譲り合う姿、雪がちらつく中、見ず知らずの人同士があちらこちらで助け合い、励まし合っている姿に感動を覚えた。非常事態にこそ、人の真価が問われることを、改めて実感した。
  阪神淡路大震災は「ボランティア元年」といわれる。私自身、数十日間避難所にいたことがある。その時の実体験が、わたしをボランティア活動に突き動かした。いろいろな情報が錯綜し、どの情報が正しいのかが分からなかったからだ。非常事態には、正確な情報がいかに大切かを痛感した私は、当時1ヶ月間限定で開局していた、兵庫県災害FM放送FM79.6フェニックスという、全てボランティアスタッフによって運営されていたラジオ放送局で、ボランティア・レポーターとして加わる機会を得た。

 この放送局は、兵庫県庁の地下に設置されていた放送機材を使用して、NHK神戸放送局やラジオ関西のOB、全国各地から駆け付けたアナウンサーらなどによって運営され、当初は、被災地域のための生活情報(お風呂や、炊き出しの場所等の情報)のみを配信するだけだったものを、発展させて被災地を励ます内容の配信に切り替わっていったのだった。そこに登場した番組の一つ(情報交流ステーション)において、ボランティアリポートのコーナーを設け、取材してきた3人のレポーターたちが、5分毎リポートを行うという人気の番組となった。

    私が取材した先で、印象に残っているひとつに、神戸で知られる地元の老舗のケーキ屋さんがある。そのお店の社長の話では、芦屋と西宮の工場が被災し、再開のめどが立たず、お菓子職人パティシエに当分の間帰省してもらっていたが、震災の翌日から、ぽつりぽつりと全国のお客様からの励ましのお便りが届くようになり、もういてもたってもいられず、当初は工場の機械を全て修理してからの再開を考えていたが、すべて新調して、パティシエを全て呼び戻し、工場をフル稼働させて、21日に再開にこぎつけた、と話して下さった。

 感謝を込めて、
3日間ケーキを全て無料でお客様にふるまったという話を聞いた時には、涙があふれでた。お客様あってのお店なのだということに改めて気づかされたこと、お客様を喜ばせるためならば、どんな困難があっても、乗り越えられるのだということ等々、

  結果的に...、こちらの側が色々なことを学び、勇気を沢山いただくことになったわけだが、これが私にとってのボランティア活動だったと言える。

  最後に、明治の文豪のひとり幸田露伴による、「幸福の三条件を取り上げたい。それは、次の3つである。

①分福(分け合う) 
②惜福(惜しむ) 
③植福(種をまく)

 この大震災から学んだこと、それは、私にとって、とくに③の植福、つまり幸せの種をまき、育てることではなかったか...と私自身は、思っている

 ではまた次回。(上の写真は神戸ルミナリエ)

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